11月4日 インドネシア BTSウルトラ 勝ちました!

  • 2018.12.01 Saturday
  • 22:44
11月4日 インドネシア?? #BTSultra 30kmレポ (長文注意)

昨年2017年、レユニオン??から3週間後に参加したBTS Ultra 30km。思いがけず海外レースでの初優勝となり、コースレコードのおまけまでついて来た、縁起の良いレース。


しかし今年は 4月クロアチア #100milesofIstria から始まり、5月インドネシア #Rinjani100 100km 獲得標高9650m、 8月フランス #UTMB 170km 完走と、3本のウルトラトレイルを走った事もあり、完全にオフモードで体重が約4kg超過し、大会直前まで体が重く昨年の記録は到底更新できそうもない…。 ホテルの階段上がるだけで、乳酸たまるし息は切れるし、正直「あかん」と思ってました。


激坂連続だったRinjani100


クロアチア??100miles of Istria

でも、現地で沢山のインドネシアの方々に声を掛けられ、自らの大会記録更新 楽しみにしてるよ!と言われ、完全に準備を怠った自分を呪いました。

【GadoGadoダイエット】




野菜メインで低糖質なインドネシア 料理 ガドガド

付け焼き刃で、1kgでも軽くしようと現地入りしてから急遽低糖質ダイエット、GadoGadoという豆腐と様々な野菜炒めのインドネシア料理だけをひたすら食べて、ちょっとでも痩せようと悪あがきしてみます。

基本ライスや麺のメニューが多いインドネシアですが、このGadoGadoはなかなかヘルシーな低糖質メニューだなぁ、と新たな発見。


【モトクロスバイク】

2日前から100マイル レースが始まり、ツアーの片岡さんが爆走トップ。100マイル のサポートが最重要なので、前日深夜2時からモトクロスライダーをチャーターし、アクセス可能なエイドを回りました。



モトクロスライダーのアフィと

どのエイドに行くにもBromo Tengger Semeru 国定公園の砂漠を遠ならければならないので、非常にテクニカル。 ひたすら砂地やダートを進み腰と尻が爆発寸前です。


しかし、苦しみながらもトップを走り続ける片岡さんをなんとか勝たせたいと、出来る限りアクセスできるエイドへサポートに回ります。
最後にサポートしたJetakのエイドでは、タイム差がかなり縮まり、優勝出来るか際どい展開でした。


jetakエイドでグロッキーの片岡さん

【30kmスタート】

11月4日朝4時に ハッと目が覚め、片岡さんの経過を確認。無事にトップを守り続け、ラスト20kmは通過済み。しかし、30kmスタートにギリギリの予想。
私はお粥だけ食べて、#gontex の足首貼ったりと膝ハッタリを装着し、ウェアに着替えて5時半からアップに出掛ける。

昨日までは体が重くて重くて、レースにならない気がしていたが、今日はなんか軽いかもしれない。 片岡さんの優勝が濃厚になり、気合いが入った。


30kmはBTSの中では、最も短くイージーなカテゴリーだが、一番最後に開催され、取りの種目。
参加人数も約320名と最も多い。


【日本人の大活躍】


昨夜のうちにゴールとなった101kmは男子が日本人選手でワンツーフィニッシュ、女子も日本の方が優勝、そして片岡さんもかなりの確率で優勝しそう。 最後の種目、取りの30km 昨年優勝した自分が勝てなかったら他のカテゴリーで頑張った皆さんに、なんか申し訳ない。


そして何よりディフェンディングチャンピオンとして招待して下さったオーガナイザーの為にも、無様な走りは出来ない。


急にプレッシャーを感じ始める。今年はなんとか表彰台でもいいか、なんて当初は思ってダイエットも全然して来なかったことを激しく後悔したが、時すでに遅し。

兎に角、現状のベストを尽くすべくアップはかなり入念に約45分行い、しっかり心拍も三度あげて準備した。


【感動のゴール】

6:20 30kmスタート10分前、片岡さんはまだ来ない。間に合わないか…。諦めかけたその時、オーガナイザーのルディさんが、
「片岡さん、もうすぐゴールだから 片岡さんゴールを待つことにする。ゴールしたらスタートするよ」 と、粋な計らい。

「日本国旗ない?」と聞かれたのでサポート用に持ち歩いている国旗をダッシュで部屋に取りに行く。


国旗をスタッフに渡した。ゴール地点には30kmスタートを待つランナーとその応援の方々で、今大会中おそらく最も人が集まっている。

そんな中ついに
「170km Winner Yohei Kataoka!!」


片岡さん感動の100miles 優勝ゴール!

とMCが入り、坂道の向こうから片岡さんが登場!!
ぐわっ と胸に込み上げるものがあり思わず涙が!

例年は深夜ゴールなどが多い170km 、今年は最も参加者が多い30kmのスタートに合わせてゴールしたもんだから、ものすごい歓声のなか感動のゴール! 片岡さん、メルディ、私で熱い抱擁を交わし、優勝を称え合い 片岡さんはメディアや観客との写真撮影に引っ張りだことなる。


大会史上初100miles 日本人優勝!

【30kmスタート】

片岡さんの感動的ゴールセレモニーが、終わるとすぐ様30kmスタート。


私のすぐ後ろのインドネシア??の選手がものすごく押してくるから、前言って良いよ、と前に出す。

5.6名 めっちゃ私を見てきて気合いが入っている。マークされる存在なんて、完全に初めて。
私が2位以下でゴールしたら、片岡さんの劇的な優勝に泥を塗るなあ、と思ったらにわかに緊張してきた。

恒例のインドネシア??国歌斉唱、この国歌結構レース中にループする。インドネーシアー?


カウントダウン 3.2.1.スタート!!



ヨーイドン!

案の定気合い満点のインドネシア勢が10km走のごとくすっ飛んでいく。スタートしてすぐ短い急坂なので、あっという間に心拍は上がる。

30kmは短いようでも、突っ込むとラスト耐えきれない。前に8人くらい行ったが、ここは2300m。すぐにスピードが落ち始める。


先頭が見える範囲で、兎に角オーバーペースにならないよう気をつけて進む。 まだ元気な選手が何人かまた抜いてくるが、気にせず行かせる。


初めは外輪山の稜線を緩やかにアップダウンでほぼ走れる。コースの難所は5kmからの2700mまで約500mを一気に上がる絶壁の急登と終盤のボロモ山火口へのトラバースだ。


走れるアップダウンでギリギリ見える範囲に先頭は青いシャツ、番手が緑、3番手が赤、4番手が白シャツ、あと目の前に2人。


先頭を行く青シャツさん



番手の赤シャツさん



昨年は数名全く見えなくなり、自分が何番手か分からなくなったので、今年はきちんと把握する。

目の前の2人が減速し始め、緩い登りで足が止まっているのでパス。4番手の白シャツも止まり始めパス。2番手だった緑シャツもスローダウンしパス。

みんな突っ込みすぎだよ…。2300mでダッシュしたらあっという間にオールアウトする。

残すは青シャツと赤シャツ。赤シャツの選手が、スタート前に私を睨むようにガン見していたから、かなり気合い入っているはず。

先頭の青シャツの選手はもうフォームがブレブレで、完全にレッドゾーンで押している感じ。スローダウンするのも時間の問題かと観察。

ここはまずこの2人を冷静に観察し、少し間を保って2人に潰し合わせる作戦。

の、はずが外輪山から火口原への下り入り口で、番手の赤シャツがプチロスト。

私が 「こっちだよ!!」と教えてすぐリカバーするも、私の後ろに。 早くも番手になってしまった。

明らかにこの赤シャツの彼が一番走れそうだったので、もう少し観察したかった。

【B29への登り】


外輪山からカルデラの底に降りるテクニカルなつづら折れの下りを駆け下り、一度赤シャツランナーを前に出そうと思い、疲れたふりをして減速してみるが、一緒に減速し前に出たがらない。


むむ!これは想定外、すぐに前に出ようとすると思っていたが…。


やむなく再加速すると、少し距離が開く。先頭を行く青シャツランナーを徐々に詰めていくが、ここから絶壁の外輪山斜面を一気に標高500mを登る。

何箇所も腕を使ってよじ登る岩場も現れる。

頂上には理由は知らないがB29と呼ばれる展望ポイントにエイドがある。500mを1.5kmぐらいで登る激坂だ。

この登りは終始きつく、予想外に長いので登り始めはかなりセーブした。すると赤シャツの三番手が 「よく頑張ったな!」と、言わんばかりに私の腰を「トントン」と二回叩いて抜かしていった…。

「まあ、まあ、まあ、赤シャツさん、まだレースは終わってないからね。逃がすつもりは毛頭ないよ」 心の中で呟く。

ここは無理に追わず、少し距離を置いて自分のペースを守る。登り切ると2700mの外輪山稜線はかなり走れ、更に再度外輪山からロードの坂を下り、カルデラ内部の平坦な砂漠を約8km走り続けるコースになり、ここをいかにしっかり走れるかが勝負を決める。

最初からかなり飛ばしていた先頭の青シャツランナーは、物凄くキツそうに登るものの、なかなか粘り落ちてこない。しかし離れても行かず、それぞれ10mおきぐらいでB29展望台のエイドに着く。

私はスポーツドリンクのみ、一気に250ml程飲みフラスクには補給せずエイドアウト。

トップから私までのタイム差は10秒もない。トップの青シャツランナーは必死に差を広げようと走るが、もう軸がブレブレ。赤シャツさんはじわじわと青シャツさんを詰めて行くので、ココは暫く2人に潰し合わせて、どちらもレッドゾーンで一番キツイタイミングで仕掛けて見ることにする。

緩やかなアップダウンながら標高は2700m、プッシュし過ぎるとすぐレッドゾーン入りする。 遂に番手赤シャツさんがトップを行っていた青シャツさんを捉え、トップに立つ。

【カウンターアタック】


赤シャツさんがトップに立つが、かなり緩やかな登りでも歩きが入り、かなりペースが落ちている。 キツイのか牽制なのか。

5mまで迫り、自分が苦しそうだと思えば、振り切ろうとするのでは? と、ワザと物凄くキツそうな呼吸をしてみて反応を伺う。

上げようとしているようだが、上がっていない。スタートから突っ込んできていたので、ほぼオールアウトしかけている。

緩やかな下りでも相当ゆっくりなジョグになっているので、ここであまり休ませていかんと、一気にカウンターアタック。少し後ろからペースを上げて一気に2人を抜き去り差を広げる。

ある程度差が開くまではレッドゾーンギリギリでプッシュ。いままでレッドゾーンで押してきたであろう青シャツさんと赤シャツさんにはダメ押しのレッドゾーンになる、と予想。
追ってくれれば、こちらの目論見通り、追わなくても視界から消えれば、2位争いにシフトしてしまうかも。

このB29からの2700m稜線は大好きなコース!右手には壮大なボロモ火山の山々、左手にはスメル火山とそれを囲む山々、兎に角素晴らしい絶景ながらかなり走れる。



壮大な景色のカルデラ

ここは生活ロードとして現地民のバイクロードで、やたら出力のあるカブがバリバリと走って来る。

去年より轍が掘れていて、そこにパフパフの火山灰ベースの乾いた土が溜まり、実に走りづらい。

轍の右や左を行ったり来たり、走りやすいルートを探しながら走る。

どんどんペースに乗り、最高に気持ちいい!まるで獣になったように絶景トレイルを駆け抜ける爽快感は本当にたまらない!

トレランはなんて楽しいんだ!

最高だ!

と頭の中でセロトニンが吹き出しているのがわかる。いつしか後ろの2人の気配は全くなく。15kmにして、ほぼ勝利を確信する。


【脚が攣り始める】

しかし! 油断大敵、捻挫や足攣りで大幅減速したらまだまだ分からない。オーバーペースにならないように登りは無理に走らず、少し回復させながら進む。

ロードに出るとランクル道の激しいアップダウンを進む。 ここまでパフパフの柔らかい道を走って来ていたので結構筋力を使っていて、右ハムが攣り始める。 ロードに出たらエイドが近いはずで、フラスクに入れた #STC #overblast #NoClamp とスプリントを飲み干し、できるだけ水分補給。

Go Pro を持った大会カメラマンのカブが私と併走する。

17km地点のジャンプランエイドが見えてきたので、手前でフラスク二本取り出し、蓋を開けてエイドイン。水とスポドリ1本ずつ満タンにし、ペットボトルの水を浴びて40秒くらいでエイドアウト。 50mほどコースを戻るが後ろの気配はない。ここから再度外輪山からカルデラの底の砂漠に下って行く。


ジャンプランエイド直前

下りきり一切日陰のないカルデラ砂漠に出る。暑い、ランクルツアーの巻き上げる砂埃がすごい!
砂埃でマーキングを失いかける。



火口原の砂漠を進む

この砂漠走り続けていると、微妙な砂の色の違いや気配で走りやすい場所が見えるようになってくる。そう言う場所を探しながら右往左往しながら進む。

去年より断然走りにくい…。
去年は前夜にも雨が降り、景色ももっと青々としていた。今年乾季に全く雨が降らず、どこもからっからに乾いていた。砂漠もふかふか過ぎる場所が多くスピードをあげようがない。

砂地はロードの様に蹴れないのでなるべくしっかりフラットに着地し、蹴らずに腕振りと腹筋で足をなるべく素早く前にあげる感じで走る。

呼吸と腕振り、腰が落ちないようにフォームとリズムだけを考えて進む。

【コースレコードを狙う】


砂漠の入り口で後続は全く見えなかった。
だからこのまま安全に進んでも勝てただろう。だけど不思議とそれは求めなかった。

「コースレコードを更新したい」
もう41になった。ランナーとしてあと何回優勝できるかわからない。もしかしたらこれが最後かもしれない。

自分として生きた証を残したい。2年連続でコースレコードを出したい。
そう強く思い始めた。
自分自身でも意外だった。最重要ミッションである優勝はほぼ手中にある。体もベストでは無く、そもそも無理だと思っていた。

コースコンディションも明らかに悪く、砂漠のペースが昨年より明らかに遅い。タイムは出ない可能性は高い。

でも、緩めなかった。接戦同様にギリギリを攻め続けた。段差につまづいて転んだ。

右ふくらはぎが強烈に攣った!!
ウオォオー!痛みに悶絶するが ギシギシと伸ばす。 フラスクの水を全部飲んだ。

ここから最後の難所 ボロモ火山へのトラバースだ。雨季にできた川の、今は干上がった渓谷を進む。まるで火星探検に来たかのような景色。
木はまるで無い荒涼とした景色の中を突き進む。



火星のような乾いた火山の斜面をトラバースして行く

激しい乾季の影響か、昨年と地形が変わっている。

表面だけが硬く、中は脆い砂礫の急登を進み、激しいヒダヒダのボロモ火山の斜面をトラバースしていく。



最大の難所を進む

この辺で大量に砂が靴に入り、シューズサイズが1cm近く縮まって先端の親指の下に大量の砂が詰まる。

止まって出したいが、そのせいでコースレコードを逃すかもしれない。

どんどん砂は入り、親指を圧迫する。 痛い。親指が痛い。

【ボロモ火山トラバース】


BTSの名所、まるで月面か火星を走っているように見える ボロモ火山のトラバース。腕も使いながら転倒しないようにバランスを取り進む。

今年は全てのカテゴリーが通過済みで、踏み跡があり、例年より大分進みやすい。

最大の難所を超えてボロモ火山火口への階段を登る。


ボロモ火口への階段

足が限界!心拍マックス!親指痛い!

階段を登りきると直ぐに下り、チェックポイント通過のバンドを腕にはめる。 後は火口原の砂漠を横断し、ランクル道のロードを登ればゴールだ


ボロモ火口からの幻想的な景色

残り約2-3km 3時間05分 去年の自分の記録は3時間21分、残り16分。
間に合うのか?? 残り3kmならkm5で行かないと間に合わないが、ランクル道は約400mの激坂で走れない。 極めてギリギリだ。

ボロモ火山の下りは攻めまくった。

砂礫だから柔らかく足へのダメージは少ない。
しかし平坦は砂に埋まり進まない。

足の親指の痛みが尋常では無い、完全に皮が剥けているのが分かる。
でも、去年の自分に勝ちたい。
去年の自分はすぐそこに居る。お前を倒す!!

残る力を振り絞り、ランクル道の激坂に入る。

3時間12分 ラスト約1kmだがここから400mの20%超の激坂。走れない。

必死にパワーウォーク。あせもヨダレも滴らせ、渾身の力で登る。ちょっとでも緩いところは走る。
くそっ!間に合わない!もっと速く!

3時間15分頃なんとか最後の坂を登りきり、ゴールに向けて右折。
脚が攣る!指が痛い!
ドおりゃああああ!!
ラストスパートをブッこむ。
ゴールアーチが見える、行ける、行ける!



ゴールの瞬間

ゴールにはインドネシアの相棒メルディが国旗を持って待っていてくれた。
2連覇のVサイン??を出しつつゴールに飛び込む!!

よっしゃああっ!!

3時間17分台!!

去年の自分を倒した!そして170km 優勝の片岡さんと、再びガッチリと握手!



チーム フィールズオンアース 170km &30km ダブルタイトルゲット!!

最高!!

片岡さんほどでは無いが、沢山の現地の皆さんに囲まれ写真撮影やインタビューの嵐。



ボロモ火山をバックにインタビュー

Rinjaniでも献身的にサポートしてくれた 大会スタッフの Ameliaさんは泣いて喜んでくれた。


表彰式。2位とは26分差がついていた。
去年の海外初勝利も最高だったけど、ディフェンディングチャンピオンとして連覇、更にコースレコード更新出来たことは、自分にとって本当に大きな経験。

目標物やライバルがいない中で、最後まで追い込みきれた事は大きな財産だ。

インタビュー最後に、私の愛してやまない地震被害にあったロンボク島の皆さん、津波、液状化で甚大な被害を出したスラウェシの皆さんへの一早い回復への祈りとメッセージを伝えた。

地球は生きている。
このBTSに来ると、コンクリとアスファルトで固められた日本の都市では感じることができない、偉大なる地球のパワーを感じずには居られない。




地球のパワーを全身で感じるボロモ火山
このボロモ火山もいずれまた噴火するだろう。
その時はレースが無くなるかもしれない。

でも、この伝説的な神々しい山々を巡るBTS ウルトラを走れた事は、私の人生において最も輝かせてもらった時間。
このボロモ火山の地に自分の生きた証しを記せたことが、何よりの私の勲章。

ありがとう。BTS Ultra

2018 UTMB 完走レポ

  • 2018.09.23 Sunday
  • 05:15
【UTMBレポ (超長文注意)】


【UTMBとの出会い】

初めてランニングしたあの日、3kmで筋肉痛になった。

大きな挫折を味わい、すべての目標を失っていた時、希望をくれたのは偶然ヒットしたUTMBの動画だった。


「なんてすごい世界なんだろう!出てみたい。」


漠然とそう思った。
初めて行った山は神奈川最高峰 蛭が岳往復だけで足がガクガクになった。

それでも楽しかった。もっとやってみたいと思った。
5年前あそこから始まった。

【5年目でついにUTMBへ】

5年が経ち、ついにそのスタートに立つ時が来た。
シャモニーのスタートに、UTMBのテーマが流れたとき、涙があふれた。

「ついに来たんだ。」

すさまじい大観衆の中を走り出した。

夢のようだ。でも現実だ。自分は世界最高峰の舞台を走っている。
見えないけれど、自分の前にはあのキリアンジョルネ、グザビエデヴナール、ジムワムスレーが走っている。
この動画と全く同じ道、同じ景色を走っている。

【体調悪化】

スタートは辛うじて小雨の中、あまり雨を気にせずスタート出来たが、サンジェルベのエイドからコンタミン30kmまではかなりの雨になった。

コンタミンまでは順調にすすんだ。



前半8時間経過のころ、体調が悪化した。50km Les Chapieuxのエイドでは手がしびれはじめ、吐き気がひどかった。
30分は止まらざる負えなかった。どんどん抜かれ、大きく順位も落とした。

やっとの思いでLes Chapieuxを出発するが、体は動かない。


そのあとは睡魔が来た。眠くてまっすぐ進めない。自分が蛇行しているのがわかる。でも進まなきゃ。

最も順位が落ちた時は60km地点、Col de Seigne「595位」。

夜が明け始めると、見たこともないとがった岩山と巨大な氷河が現れた。すごすぎる。

なんという景色!


80kmクールマイヨールまでの下りで急に体は軽くなった。
家族が迎えてくれたエイド。カレーメシが身に染みわたる。
エイドアウト、息子が一緒に走って送り出してくれる。

いつもエイドで一生懸命応援してくれた。

どんなに苦しくてもゴールしたい。そう思った。

そして、もう二度とないかもしれないから、世界最高峰のUTMBを走る、父の姿をしっかり見ていてほしかった。


【リタイヤの危機】

グランコルフェレ、コース中最高峰。
しかし再度体調悪化。強烈な睡魔と吐き気、気温マイナス5度、突風、命の危険を感じ始める。

食べることができない。エネルギーがない。体温が下がっていく。眠い。

「なぜこんな大会に出てしまったのか」、自問自答を繰り返す。


「もうやめよう。二度と出ない。」
「いや駄目だ。進め、進むんだ。」 
自分の中で2人の自分が葛藤し続ける。 「この峠で動けなくなったら死ぬ。とにかく超えろ。少しでも早く超えろ。」 ぶつぶつと唱えながら進む。



写真 最もキツかったコルフェレ、目の隈がすごい。

コルフェレは地獄だった。超えても恐ろしく長い下りが待っている。補給できていないから踏ん張れない。ヨレヨレで何度も転びそうになる。

走ったり歩いたり。ストックにしがみつくように下った。

走れないから、下りが終わらない。ラフーリーのエイドはまだか。


110km La Foulyには完全にゾンビになって倒れこんだ。

「もうだめだ、家族の帰国に間に合わない、一緒にゴールできない」

そう思った。


【復活】

その時、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

頭を上げるとラフーリーエイドの大きなモニターにビデオメッセージが!


シャモニーの原っぱで側転やでんぐり返しをしながらカメラに向かってきて
「パパ、頑張れ〜〜」

あまりのおもしろ動画に、吹き出してしまった。

ゾンビのような顔だったけど、笑うことができた。


このLa Foulyエイドのビデオメッセージは効いた。

絶妙な場所で配信される。このエイドは多くの選手が満身創痍だった。


「行くんだ、あきらめるな」
よろよろ立ち上がり、無理やりパンケーキを押し込んだ。

気持ち悪くて今にも吐きそうだけど、押し込んだ。

「食え、食うんだ!」


全てがまずかった。気持ち悪くて食べたくなかった。でも押し込んだ。


足も完全に崩壊していた。痛すぎて訳が分からない。 110kmラフーリーから125kmシャンペまではほとんどが下り基調の林道と舗装路。 頭の回線をぶった切った。


【リミッターカット】

「走れ、走れ!」

林道、ロードは全部走った。 どんどんペースを上げて。何としても家族がいる時間にゴールしたい。
コルフェレで相当な時間を失っていたことはわかっていた。
走れる場所はひたすら走り少しでも挽回しなくてはならなかった。


激痛の足で走り続けていると、痛みがマヒしてきた。もはや痛くない。

じゃあペースを上げよう。Champexへの登り口までは一度も歩かなかった。


120km シャンペには予想到着時間より1時間早く着いた。サポートがついたばかりで子供たちが


「もう来たよ!」とびっくりしている。

娘がバーナーでお粥をあっためてくれた。

「もっとあっためる? ぬるくない?」
すごく気を使ってくれた。

【父として】


娘が4歳の時、私は彼女の父親になった。いろんな葛藤があった。

ずっと、私はいい父親になれているのだろうか、娘は私をどう思っているのだろう。

その見えない悩みが消えたことはない。だけど、娘は一生懸命サポートしてくれた。

表情にどこか誇らしさを感じていた。
絶対にゴールしよう。娘が少しでも誇りに思ってくれるように、少しでも上位でゴールしよう。


娘はまだ一度も私と一緒にゴールしたことがなかった。

初めての海外レースのモンブランマラソンは、学校の行事で一緒に来れず、一緒にゴールできなかった。

もう高校生、これが最初で最後のチャンスかもしれなかった。

「絶対に35時間以内にゴールする」

これがタイムリミットだった。これを過ぎると飛行機に間に合わず、彼女たちはシャモニーを出発しなくてはならなかった。


【286人抜き】

シャンペのサポートで完全にスイッチが入る。

シャンペからしばらく林道になる。足は完全にマヒし、km5分ぐらいでどんどん抜かし始める。

135kmトリオンに越えるフォークラズ峠でも20人ぐらい抜かす。

CCCの時はトリオンへの下りで調子に乗りすぎて、そのあと崩れたので、この下りはセーブする。

トリオンの後の2個目の登りが鬼きつかった記憶がある。


トリオンも予測時間の1時間早く到着。息子がエイド前で

「パパー!」と待っていてくれる。

140km Trientエイドには309位で到着。
60km地点の「595位」から「286人」抜いた。

どんどん力が湧いてくる。


また娘がおかゆを用意してくれて、たっぷり食べる。
大会には申し訳ないが、大会エイドのものはもう一切食べられない。

STCのOxyshotをとり、すぐにエイドアウト。


記憶どうりの鬼登りが始まる。大瀬さん、元気なら走れるくらいの傾斜って言ってたなあ。絶対無理だなあ。ここ走れる人はトップ10の選手ぐらいだろ、、なんてぶつぶつ思いながら、丹羽さんがレクチャーしてくれたダブルポールでガシガシ上る。

ここでもどんどん抜かす。
不思議なくらい体が動いた。遥か彼方にヘッドライトの光が見えると、その選手には必ず追いつけるという理由の無い自信があった。でもそれは思い通りにできた。

視界にとらえるすべてのランナーを抜かしていった。

ここまで来ると、下りの激痛に耐えながら、必死に下るランナーばかりだった。私の足は痛みを超越して、完全にマヒしていた。

行けるところまで行こう!

激坂のTsueppe284位で通過。ヴァロルシンへのきつい林道もガンガンに走った。ヴァロルシン迄の下りは一度も歩かなかった。
153kmヴァロルシンに263位で到着。
最後のおかゆを食べる。

最後のエイドには妻だけがいた。子供たちは眠ってしまったそうだ。 おかゆを用意して待っていてくれた。

またおかゆをしっかり食べ、うどんも食べて、STC OxyshotとOver Blast、Last Kmを飲んで、素早くエイドアウトする。


「大丈夫、行ける。ゴールで待ってて。ありがとう。サポート嬉しかった。」

そう告げてエイドを出る。

2016年のCCC。ヴァロルシンで落ちた。何も食べれなくなり、そのあとペースダウン。最後のTete aux Vent で吐き、最後の最後で崩れた記憶がよみがえる。

【爆走】

今回は別人だった。ヴァロルシンからの電車沿いをだらだらと上る林道は爆走した。

もうもはや自分だけの力とは思えなかった。

みんな歩いている結構な登りも駆け上り、一瞬で抜き去っていった。力がみなぎり、無限に走れそうな感覚だった。
遥か祖先のDNAが覚醒して、山の中で獣を追いかける猟師か、獣自身になったような不思議な感覚だった。

まるで山の精霊が自分に宿ったような、未知の力だった。

ヴァロルシンからの緩いのぼりは、かなりきつい一部を除いて90%以上は走り続けた。

フレジェールへの上り口Tres le Champまでの約6kmで、ヴァロルシンの263位から236位まで「6kmで27人」を抜かした。

そしてついにフレジェールへ向けた最後の2山を迎える。

遥か上方にちらつくヘッドライトの明かりを追いかけ、一人また一人と捉えていった。Champexからの50km誰一人として抜かされることはなかった。


フレジェールからの2山の下りはエゲツなかった。体はガンガン走りたがっているのに、到底走れないコース中最大のテクニカルダウンヒルだった。

ほとんど走れなかったが、前を行くランナーにとってはさらなる困難で、この下りでも数人パスした。

【家族の待つゴールへ】

ついに丹羽さんとの試走会で見た、フレジェール最後のエイドが見えてきた。 最終エイド La Flegere163km 223位で通過。ヴァロルシンから丁度40人抜かした。

「間に合う!家族の待っているゴールに間に合う!」

嬉しさがこみあげて、苦しさなんかみじんも感じなかった。

「ここから下りで10人は抜かす」

そう勝手に決めつけ、フレジェールはコップ半分コーラを飲みほし20秒でエイドアウトした。

シャモニーへの下りを爆走した。

途中ガスっており、慎重に行かざる負えない場所もあったけれど、スカイランニングかのように、駆け下りる。
下に見えてきた明かりのランナーは全員パスした。
フロリアを抜けさらに走りやすくなった所ではさらに加速した。

そしてついにシャモニーの町へ降り立つ!
「あれ??コースが変わってる!!」
今まではずっとツアーの宿の目の前を選手は通ったけど、今回から初めてのルートになっていた。
一瞬戸惑うが、マーキング通りに進む。
シャモニーの町中に入り、川沿いの道に出る、今年から設置された歩道橋。きっとあの階段が地獄だろうと思っていたけれど、足が完全にマヒしていて、いくらでも走れるので、歩道橋も一段飛ばし全力ダッシュで一瞬で乗り越えた。


スタッフの「ウォー!不可能だろ!」の声が聞こえる。
でも何故か出来てしまった。自分の体が自分ではないような感覚、一瞬で歩道橋を超えて、いよいよ町の中心地へ。
シャモニーの中心街、石畳の直線の先に、娘と息子、そしてママが手を振っている。


「いた!!」

着いた、ついにゴールにやってきた!

UTMB 170km 獲得標高10000m 自らの足でフランスからイタリア、スイスを抜けてまたフランスへ帰ってきた!

本当は泣くはずだった。ボロボロになって、最後は必死の思いでゴールにたどり着くと思っていた。

でも、不思議な未知の力があふれて、バリバリに元気だった。あと10km全力で走れるくらいの力がみなぎっていた。 だから、笑顔だった。

息子は半分寝ぼけていて、追いついたら全力で走りだした。


「おいおい、待ってくれよ、いつものヨーイドンじゃないんだよ!みんなで一緒にゴールしよう」

最初から最後まで頑張ってサポートしてくれた子供たちとママ。息子と娘に挟まれるように手をつないだ。

娘と手をつないだのは何年ぶりだろう。
いつも遠征遠征で全然家にいない父親だった。

2か月も離れるとき、小さい頃は出発前ぎゅっと手を握ってきたことを思い出す。

もしかしたら、これが最後かもしれないな。そう思いながら娘と手をつないだ。 4人が一列に手をつないで、最後の30mをゆっくり走った。

32時間前にスタートした、Place de Triangleは人もまばらだった。時間は深夜2時40分。でもそんなことは全然気にならなかった。

32時間一緒に戦ってきた家族がそこにいるから、家族と一緒に応援してくれたJordanと、丹羽さんのサポートを終えたKevinもゴールに駆けつけてくれた。
「ありがとう!本当にありがとう!」

感謝しかなかった。
100マイルを走ると普段なかなか言えない、心の底にある素直な気持ちが出てくる。

「ありがとう」

ゴールラインの直前でみんなで止まり 「いちにーの、さんっ!」

でジャンプしてゴールをまたいだ。

ずっとずっと夢見てきた家族みんなで世界最高峰のUTMBのゴールアーチをくぐった。

「夢がかなった」

中盤までは決して予定通りにはいかなかった。でも終盤未知の体験が起きた。終盤は過去最高の走りだった。

本当に気持ちよく100マイルを走り切った。

32時間40分31秒 171? 獲得標高10000m 総合211位/2300名 年代別 V1Hカテゴリー78位。 
アジア8位
最低順位 596位 Col de Seigne 60?
最高順位 211位 Chamonix 171? (385人抜き)

ゴールアーチでみんなで写真を撮り、フィニッシャーズベストを受け取り、一緒にホテルへ帰る。
ママはすぐに荷造りをし、3時間後子供たちと一緒にジュネーブ空港へ出発した。

今までで一番苦しくて、過酷で、世界最大で、一番幸せな 32時間40分31秒だった。

「ありがとう。今までのすべての出来事に、感謝します」

#フィールズオンアース #SINANO #STC 

ついに UTMBのスタートへ

  • 2018.08.31 Friday
  • 07:19
ブログ更新、すっかり途絶えてしまった。

鬱に苦しみ、生きる希望を完全に失って廃人になっていた自分が、たまたま出会った UTMBのネット動画。

そこが全ての始まりだった。
あの動画を見ていた時、まさか今の自分がこんな所に居るなんて夢にも思わなかった。

初めて走って見たあの日。3kmで筋肉痛になった。

今日、世界最高峰 UTMB170km 獲得標高10000m のスタートラインにならぶ。

全てを捨てて無になり、トラックドライバーをした日々、排ガスまみれの真っ暗な夜の産業道路を深夜に30km帰宅ランした日々を思い出す。

あの時、私の頭の中はいつもモンブランを走っていた。

あれから4年半、ついにたどり着いた。
ずっと追いかけて来た世界最高峰の舞台。

残り170km。

嬉しいのと同時に、寂しくもある。
UTMBは、そこを目指して居るプロセスこそが、最高に充実した輝いて居る時間。

世界中に同じレースを戦った仲間が居て、世界中で私のレースを応援してくれる人たちができた。

トレイルランと言うスポーツが、あの廃人だった自分に、どれ程の豊かな時間を与えてくれたのだろう。

感謝しかない。

多分スタートで泣いてしまう。

あと10時間でその時が来る。

全てに感謝して、170kmを進みます。

グランレイド レユニオン Diagonale des fous ついにマイラーに

  • 2017.11.20 Monday
  • 19:34

グランレイド レユニオン Diagonale des fous 165km 9543m 参戦記

人生初の100マイルレースに出ることになった。 大会の約1ヶ月前だった。
行けるかどうか、仕事のこともあり不明だったが、溜まりに溜まった代休と有休を使って行くことにした。

40歳になった今年、UTMBでマイラーデビュー予定だったが抽選に外れた。
目標を失い、いまいちランに気持ちの入らない日々が続いていた。

でも、心の何処かで私はレユニオンに熱い情熱を感じていた。

そして大会1ヶ月前に急遽出場を決めた。
ウルトラトレイル ワールドツアーに挑戦するサロモンの大瀬選手、丹羽選手の参加サポートも兼ねて同行することにした。


レユニオンは事前情報があまりなく、私の友人で過去にCCC3位入賞経験のある、アントニー ガイ選手と連絡を取り合い、大会の情報入手に努めた。





レユニオン17 で6位のアントニー レユニオンにはマファテと言われる非常に山深い地域があり、65kから120kまで、個人サポートが極めて困難なエリアがある。リタイアしても何十キロも歩かなければ街に出られない。

大会のエイドはあるが、補給食などはヘリで運ばれる。

グランレイド レユニオンは今年25周年。トレイルランとしては非常に古くからある大会と言える。

それだけに島最大のお祭りと言われるほどの盛り上がりを見せ、レユニオン人にとって Diagonale des fous を走りきることは誇りであり、最大の名誉である。

島内のラジオやテレビでは常に優勝予想や期待のレユニオンランナーの特集が流れている。

島は火山により形成された、独特の火山島地形で、溶岩が海まで達しているため砂のビーチが少ない。

レユニオンはその独特の変化に富んだ地形により トレッキングのメッカとなっており、大きな観光資源でもある。

島自体はフランス領であり、お店や文化は限りなくフランスだ。
英語はあまり通じずフランス語もかなりクレオール訛りが強い。

位置的にはアフリカだが、あらゆる店が揃い非常に発展している。
位置的には近いマダガスカルではペストの流行がありリスクが上がっていたが、レユニオン島自体はフランスと言う事もあり、十分衛生的でアフリカのような衛生面でのリスクはあまり感じなかった。

丹羽さんが手配していた戸建ての
レジデンスは超快適でレースまでの滞在を十二分に楽しめた。




食事は丹羽さんのサポートでアンドラでもご一緒したTさんが用意してくれて、レースに向けて最良の食事を毎食頂いた。

Diagonale des Fous はUTMBのようにスタートゴールが同じ場所の大きく一周するレースとは異なり、島を縦断するように島南西のサンピエールから、北端に位置する島最大の都市 サンドゥニにゴールするラインレース。

最高標高地点は約2300mとUTMBなどと比較するとやや低い。
しかし、無数のアップダウンが獲得標高を稼いでいる。
Road to Diagonale. Finale. 「私のDiagonale もう一つの戦い」 (注意 : 超長文です)

私が 私の人生の最初の100マイルレースを Diagonale des Fous に決めたのには理由がある。もちろん UTMBが外れてしまった事もその理由の一つだったが、昨年の今日 密かに初めて走る100マイルは Diagonale des fousと決めていた。

私は6年前の34歳まで自転車ロードレース一色の人生だった。24歳まで競技に打ち込み、自転車ロードレースの最高峰 ツールドフランスに参加し活躍することを夢見てフランスのクラブチームで必死にその夢を追いかけた。だが現実は厳しく、私はロードレース選手としては本場欧州のレースでは歯が立たず、ツールドフランスなど夢のまた夢、指先にも掛からぬまま挫折したのだった。
その頃、私が憧れていた世界でまるで神のごとく活躍していた選手がいた。
「#Laurent_Jalabert ローラン ジャラベール」選手。

私がスタートラインにさえ遠く及ばなかったツールドフランスで、若い頃はエーススプリンターとして、数々のステージ優勝を飾り、スプリント総合のマイヨ・ベールを獲得、その後スプリンターとしては異例の成長を見せ、山岳でも活躍を始め数々のクラシックレースを制覇、往年にはスプリンター上がりの選手が着ることはあり得ない 山岳賞総合のマイヨアポアを獲得し、山岳最難関ステージを優勝、ワールドランキングで5回 年間最優秀選手となるなど、それまでの常識を覆すまさにフランスのスーパースターだったのが、ローラン ジャラベール氏だ。

引退後はすぐにツールをはじめとするビックレースのテレビ解説者やレポーターとして活躍し、タレントとしてクイズ番組や歌番組のゲストなどにも出演し、まさに国民的スター選手だった。
さらに彼はロードレース フランス代表チームの監督に就任し、フランスチームから数々の世界チャンプを輩出、特にユースの成長は著しく、弱体化しかけていたフランスロードレース界の救世主としても大活躍した。

私には何一つ彼に勝るものはなく、何一つ同じ舞台に立つこともない程に、天と地の差のある神がかった存在だった。 どんなに追いかけても、背中すら見えない、彼にとっては私の存在など知るすべもない別世界の人間だった。

しかし、私は何度か彼と直接接する機会があった。私が選手を挫折し、右往左往色々自転車ロードレース関連の仕事をしていた時、ツールドフランスの記者として彼にインタビューをした事がある。マネージャーにアポを取り、大観衆のサイン攻めをなんとかこなし、「5分だけだよ」と釘を刺されてのインタビューだった。
それから2.3回 ツールドフランスの取材を記者として出かける度に一回か二回彼にインタビューをさせて貰った。真摯で物凄い多忙ななかでも、きちんと質問に答えてくれて感銘を受けた。
でもそれはロードレース界のレジェンドである彼を取り巻く何百人の記者のうちの一人であり、相変わらず彼は雲の上のそのまた上の天界に居るような存在のままであった。

しかし、そんな神のローラン ジャラベールは、私とほぼ同じ時期にランを始めたことを知った。

初フルマラソンは2時間58分代で走ったことを知り、私は初フルマラソンを2時間54分で走った。
私はこの瞬間初めて、ありとあらゆるジャンルで神がかっていた世界のトップアスリートのローランジャラベールに肩を並べる事が初めて出来た。
これには胸がときめいた。

しかし、流石は世界のトップを極めたローランは、すぐにこの記録を更新。なんと2時間45分という驚異的タイム更新をする。

私は2度目のフルマラソンを2時間56分代とタイムを落とし、再び彼の背中を見失った。

ロードレース界のスターとして世界の最先端トレーニング技術を駆使し、あらゆる地形のレースで成功を納めたスターは、引退後もやり始めたらそのポテンシャルは凄かった。
さらに彼にはニコラという、こちらもトッププロとして活躍した兄弟がおり、かれもツールで活躍したスターだった。ローランまでの大活躍は無いが、それでもツールに複数回出場したトップアスリートだ。

そして、その二人が去年2016の今日 「Diagonale des fous」に二人揃って初めての100マイルレースとして参加したのだ。

ジャラベール兄弟は大きなランの大会に出るときは必ずそれなりのトレーニング、準備をしてきている事はメディアなどから知っていた。
そして、2016年にフルマラソン2時間45分を記録している事から、かなり狙ってきていたと思われる。

ローランのDiagonaleの通過タイムを見ると 最初のチェックポイント Domain vichot を135位 1時間35分で通過。これは相当にペースが速く、私は今回同じポイントを419位で通過している。

ジャラベールはその後も190番代をキープしながら後半まで200位前後を行き来するが終盤減速し、最後st denis に 「41時間28分6秒 310位」 で 兄弟のニコラ と共にゴールしていた。

私はこのロードレース界のスーパースター、ローラン ジャラベールの昨年の記録 「41時間28分6秒 310位」 を越えることが、胸の内に秘めた最大の目標だった。 フルマラソン 2時間45分の持ちタイム、自転車ロードレース元世界チャンピオンへの挑戦、それこそが私の秘めたる最大のミッションだった。

しかし、65km地点のCILAOS手前の非常に急なテクニカルなくだりで、突然体調が悪化、吹き出すように激しく嘔吐が始まる。まるで胃が口から飛び出るような苦しみが続き、進むことができなくなった。5分止まりゆっくり歩いて5段降りるとまた吐いた。もはや何も出ず、ただ胃液が出るだけであまりの苦しさに吐くと同時に涙がボロボロ溢れた。あまりの状態に抜かして行く選手のほとんどに 「大丈夫か?助けを呼ぶか?」と声を掛けられた。足は元気だったから「大丈夫、少し休めば行ける」と答えていたが、今までのラン人生で経験のない苦しさだった。

「こんな所で終われない」息子と娘が 頑張れ!とメッセージを書いてくれたフラスクを縋るように握りしめて、よろよろと進んだ。上腕二頭筋がビクビクと痙攣を続け、両手がビリビリと痺れ激しく目眩がしていた。 明らかにハンガーノックと脱水の症状で、エネルギーと水分を胃に入れない限り進めない。 無理やりジェルを飲むと3分後に吐いた。次のエイドまで3kmなのに1時間半以上の時間がかかった。

フラッフラでなんとか水エイドにたどり着き日陰の芝生に倒れ込んだ。スタッフが駆け寄って来て、なにかいるか?と聞いてくれたのでフラスクにコーラを満たしてもらった。 コーラはなんとか飲むことができた。 とにかくコーラの糖分と水分で体を回復しなくてはならない。 このエイドには約20分止まった。

なんとか歩けるようになり4.4km先のCILAOSエイドを目指す。

CILAOSエイドには温かい食べ物やドロップバックがあり、マッサージやドクターもいる、とにかくCILAOSで立て直そう、なんとか食べれる様にさえなれば、歩き倒してもゴール出来るはず。そう信じて進んだ。

でも、もうジャラベールには勝てない…。一つの目標は諦めざる終えなかった。やっぱり、自分は永遠にジャラベールには追い付けない。叶わないんだ。ここでは、そう思っていたことを思い出す。

CILAOSには計画したタイムを大幅に遅れて到着した。ジャラベールは昨年11時間25分で到着。私は 12時間11分で辿り着いた。

即座にドクターエリアに行き胃薬をもらい、ベッドに横たわり、マッサージしてもらった。

「1時間ストップしても良いからここで立て直す」その事に集中した。

何回も何回も息子と娘が応援のメッセージを書いてくれたフラスクを見つめ、折れそうな心を食い止めた。 炭酸水とドロップバックにいれた カルピスオレンジは美味しく飲めた。

ジェルは一切体が受け付けなかった。 エイドスタッフ皆さんが本当に親切で、みんなで食べ物を持って来てくれたり、助けてくれた。

CILAOSは快晴で暑かった。水のシャワーを全身に浴びてさっぱりする。ドロップバックにいれた赤いきつね を食べることができ、ふかし芋もなるべく食べた。経口補水液ものみ、栄養ドリンクを2本飲んだ。 エイドの街は真っ青な空とヤシの木やカラフルな建物、日本には居ない綺麗な色の小鳥が飛んで居て楽園の様だった。

「楽しもう、大会を最大限楽しもう」体は苦しくて仕方なかったが、必死にそう繰り返し言い聞かせた。切り立ったレユニオン独特の山々はアルプスやピレネーとも異なる独特の景色を生み出して居た。たくさんの滝が流れ南国の植物が茂っていた。


この後 前半最大の難所 Col du Taibitが待ち構えている。日陰がほとんどなく暑さに苦しむと言われている峠だ。
このエイドで十分に水分補給し、フラスクも満タンにした。ドクターも顔色がだいぶ回復した、と言ってくれた。隣にいたランナーもエイドインして来た時、血色がヤバかった、と言っていた。

まだ全く走れる状態ではなかったが次のエイドまでは行ける状態になったので歩いて行くことにした。

献身的にお世話してくれたみなさんにお礼を言い、エイドアウト。テクテクと歩いて進む。次々に足取りの軽い選手たちに抜かされたが、気にしなかった。「ゴールだけは絶対にする。」その気持ちだけは変わらなかった。

なるべく景色を見る様にした。本当に美しかった。真っ赤な頭の小鳥、トサカの様な頭の鳥、たくさんのパパイヤやヤシの木、そしてたくさんの応援。噛みしめる様に楽しんだ。

最初の難所 Col du Taibitの上りに入る。72km登り口のチェックポイントは609位 14時間55分で通過。ちなみにジャラベールは 12時間48分205位 で昨年通過している。実に2時間のタイム差をつけられていた。

この登りで約800m標高を上げる。内臓がやられただけで足のダメージはほとんど無かったので、淡々と歩いていたが、一人また一人と抜き始めた。たぶんこのCol du Taibitだけで30人以上抜かしたかも知れない。暑い暑いと言われていたが、神様も私に味方し、最も暑くなるはず頂上付近はちょうど雲が太陽を隠し、涼しく快適に進めた。

Col du Taibitを超えるとかなり涼しく緩やかな下りが続いた。徐々に走れるようになってきた。

78kmのMarla のエイドに着いた。16時間47分 523位。70位近く挽回した。

ゼッケンチェックをする。と、鼻から生暖かいものが。手で触ると大量の鼻血が流れ出ていた。あっという間に手が血まみれになり、私自身その量に 「これは、ちょっとまずい」 と感じた。
すぐさま救護所へ移動し綿をつめた。手は真っ赤。全く鼻には触れていなかったので、不安になった。すぐに血圧を測る。ここで異常が出たらドクターストップになってしまうかもしれない。

不安になった。ドクターが血圧を見る。 「パーフェクト!」 ホッとした。と、同時に力が湧いてきた。

鼻血も無事に止まり、Marla のエイドで食べ物を物色。すると、このエイドにはレユニオン名物のソシス ランティーユというソーセージとレンズ豆のパスタがあり、ものすごく美味しそうな香りが漂っていたので、頂くことに。

CILAOSで体調を崩してから、まともな食事は初めて。おそる恐る口にして見る。

「…う、うまーい!!」思わず声に出た。

厚めの皮のソーセージを噛むと、ジュワッとスパイシーな肉汁?が口に広がり、絶妙な塩加減。パスタとレンズ豆のソースも最高の相性で美味すぎる! 泣きそうなぐらい美味い。これならいくらでも食える! 夢中で絶品ソシス ランティーユを平らげ、エイドのスタッフに駆け寄る。

「うまいよ!これ美味すぎる!だからおかわり!大盛りで!」エイドのお姉さんが爆笑し、お代わりをくれた。 山盛りの二杯目もペロリと平らげた。みるみる力がみなぎってくるのがわかる。

幸せに満たされていた。美しいレユニオンの大自然と最高の地元料理。さっきまでの地獄の苦しみを忘れ楽しさが溢れていた。

絶対ゴール出来る。この Marlaのソシスランティーユが私にそう思わせてくれた。

ここから、私の快進撃が始まった。
Marla72kmから先は Mafateと言われるレユニオン内で最も山深い過酷なアップダウンが繰り返すエリア。
車は入れず、エイドへの物資は全てヘリで運ばれるほど山深い。
何度も何度も急峻な山を越えては下り川を渡ってまた登り返す。体は劇的に動いた。

まるで山の精霊が体に宿ったかの様に体は軽く乳酸の痛みを全く感じなかった。 87kmのSentie Scoute 19時間05分 331位で到着。実に約200人この15kmで抜かす。
ジャラベールは17時間06分 190位で通過している。

Sentir Scoutであずけていた 「カレー飯」とカルピスオレンジを補給。カレー飯はウルトラトレイルの必携品に認定しても良いと思う。美味すぎる。

この神がかったランニングハイをできる限り長続きできるように、丁寧に丁寧に気持ち良さに任せて飛ばさず、ランニングハイを最大限節約して引き延ばすイメージで進み続ける。

登りではひたすら抜かし続けた。面白いようにひたすら抜いた。途中でCILAOSで吐きまくっていた時、すごく心配してくれたランナーに追いつくと、覚えていてくれて「おい!おまえ!復活したのか!何だ、全くフレッシュじゃないか!信じられない!さっきとは別人だな!めいいっぱい楽しめよ!」と、声を掛けてくれた。

「自分でも信じられないよ、Marlaのソシスランティーユが美味すぎて、そっから絶好調なんだ!」そう言葉を交わし、まるで鹿のようにサクサクを山道を走った。この辺りは近年稀に見る山の精霊降臨状態で、まるで自分がレユニオンの動物になったような最高のランだった。

次第にに回目の夜が近づき、夜がやって来た。いったい何回山を越えたかわからない、何だかミスコースして同じ山を何回も登っているような感覚になる。前を見るとはるか下にライトが光、後ろを見ると谷を挟んで谷底からさっき降って来た山の上までチラチラとライトが光っている。

はるか向こうにもチラチラと山の高いところに光が見える。疲れていたらその光に滅入っていたかもしれないが、今の私は登りが全く怖く無かった。無限に登れるような感覚だった。

ランニングハイをキープしたままついにラスボスと見ていた高低差1000mピークは2020mのMaido 麓のエイド Roche plate106km に23時間57分 315位で到着。
ジャラベールは23時間15分 225位で通過している。

私はこの時点でジャラベールとのタイム差も順位も分かっていなかった。だが感覚的に彼に迫っていることを感じていた。CILAOSで一度は諦めたスーパースターの背中が見えて来ていると感じていた。

このエイドには高低差1000mを手前に戦意喪失したランナーが多く横たわっていた。サバイバルブランケットに包まれた体がたくさん横たわっていて、食べ物を掴んだまま眠りそうなランナー、唇が紫で吐き気と格闘するランナーだらけだった。

私はまたソシスランティーユが食べたかったが、このエイドには無かった。さらに次に好きなPatate douce ふかし芋も無かった。これは計算外だった。 食べれる物がない。しかし最大の難所を越えるには食べなくてはならない。仕方なくパンケーキとパテの塗られたパンを食べた。頂上のエイドまでは4.5kmと言う。 しかし、めちゃくちゃきついぞ!との警告。

夜でかなり冷え込んで来ていて、あまり長く止まりたくなかったので、5分ほどでエイドアウトした。

この時 2日目の夜10時に突入。私はここまで一睡もしていない。短いエイドストップだったが体が冷えてしまい、震えがきた。早く温めるためにとにかく進んだ。

この時間からラスボスに登ることを敬遠したのか、ほとんどランナーの気配がなくなり何度もロストしたのではないかと不安になる。

実際一度コースミスし、ものすごい崖の行き止まりになり、元に戻る。 体のバランスが悪くなんども転びそうになる。

さらに容量十分だったはずのベッドライトが暗くなり始め、ウエストライトの光量も減少。なんてこった…。スペア電池を送るエイドを間違えてしまったのだ。すでに一度電池交換していたが、そのバッテリーの持ちがなぜか悪い。

視界が悪くなんどもつまづき始め、さっきまで無限に登れそうだった足がついに重くなる。
このMaidoの登りのために丁寧に節約して来たのだが、今一歩足りなかった。
Maidoの登りは、これまでの登りを凌駕するキツさだった。腕を使わないと登れない急登が多数出現し、右側は漆黒の奈落の底、ものすごい崖でほぼ真下にかすかな灯りがちらつく。万が一眠気でふらついて落ちたら死ぬ。

前にも後ろにもランナーの気配がなくなり、私は目に見えぬジャラベールとのバトルを不思議と妄想していた。マイヨアポア着るスーパースターのジャラベールに食らいつき、ひたすらアタックをかけ攻め続ける自分をイメージしながら自分を鼓舞し続けた。俺があのスーパースターを超えられるチャンスはここしか無いんだ!足元にも及ばなかった自分が、彼を超えられる一生に一度のチャンスかもしれないんだ!そう繰り返した。

Maidoの登りは1900mあたりまで登ってからなかなか頂上にたどり着かなかった。ちょっと登っては下り、頂上にたどり着かせてくれない。

やっとの思いで頂上にたどり着くが、エイドはここから約20分だと言う。

頂上は寒く風が体温を奪った。今大会初めてゴアテックスジャケットを羽織る。足は走れなくなった。早足でエイドを探すがなかなか着かない。またゲップが出始め、内臓トラブルの予兆を示す。危ない。2度目は回避したい。エイドはまだか。

ふと空を見上げると、信じられないくらい眩しいオリオン座が見える。ふと、ベッドライトを消した。

「うわぁ!なんだこれは!」
見える全ての星が一等星のように眩しく光り、まるでプラネタリウムの中にいるように凄まじい星が見える。オリオン座がこれほどギラギラと光り輝く姿は初めて見た。なんて眩しいんだろう!

レースの苦しさを忘れ見とれてしまう。 さあ、エイドへ急ごう。とにかくここは寒い。次のエイドも長く止まれない。ここからながい13kmの下りですぐに標高が下がらない。

やっとMaido tete dure 113km には26時間19分 263位で到着。

ジャラベールは27時間36分 290位で通過しており、つまりは私は最大の山岳、ロードレースで言うならば最後の超級山岳でジャラベールを抜かし引き離したのだ!
ここまで最大2時間以上遅れていたが、ついにこの最大の難所 Maidoで、ジャラベールを抜いた!!

エイドは寒く温かいスープと紅茶を補給。レインパンツを履いてグローブをした。
相変わらずソシスランティーユは無く、ガッカリしたが ふかし芋があったのでしっかり食べる。

みるみる体が冷え、早く進まなくては危険だ。

急いで準備し、歯をガタガタ言わせながらエイドアウトする。すると 「おい!ちょっと待ってくれ!俺と一緒に行こう!」そう声をかけて来たランナーがいた。

ジョーと言う速そうなランナー。 「ちょうどライトが消えそうで一緒に来てもらえるとありがたい! 」と伝えると、照らしてやるから一緒に行こう!と 共に下ることに。

次のエイドまでは13kmの下り。だがこのくだりは曲者だった。なんどもアップダウンを繰り返し全く降っていかない。私のライトはなんと5ルーメンまで光量が落ちてしまい、ジョーがいなければ瀕死の状態に陥った。しかし、そのジョーが眠気にやられ「あーねむい!やばい!ねちゃう!」と何度も減速。必死に「がんばれ!寝るな!ここで寝たら低体温で死ぬぞ!」と声を掛ける。

しばらくすると今度はジョーが「ダメだ!ウンコがしたい!」と言い出す。ジョー、頼むよ、俺は早く降りたいのにお前のお腹が降ってどうする。

仕方なくジョーの野糞を待つ。待つ間に数人に抜かれるが、ここまで照らしてくれたジョーを見捨てるわけにもいかず、彼の用が済むのを待つ。

ジョーのウンコが終わる頃、ちょうどもう一人来たので、ライトが消えそうで一緒に行って欲しいと頼む。

ブルターニュからきている選手で長身で速い。必死でついて行く。くだり足が死んで行くのがわかる。しかし、ここで離れるわけにはいかない。
いつライトが完全に消えるかわからない。
ジョーは新たな話し相手を見つけ眠気から復帰していた。3人で色々話しながら果てし無く終わらない下りを降り続けた。
長い、本当に長いくだりだった。

やっと、やっと街に入り 29時間20分 262位で127km Sans Souci のエイドに到着。
ジャラベールは30時間48分 291位で到着している。
このSans Souci という町の意味は直訳すると「心配ない」と言う意味なのだが、行けども行けどもたどり着かず、誰しもが心配になりまくる真逆の街であった。

今まで無敵に感じた私の足は完全に終わりを告げ、崩壊していた。このエイドには名物のクレープと飲むヨーグルトがあり、クレープと飲むヨーグルトをいただく。美味しい!また整体師がおり、マッサージを受けることにする。
足を洗い、美しい女性マッサーがクッサい日本人のオッさんの足を揉んでくれるのは申し訳ない。
毛布に包まり、揉んでもらうとたちまち寝落ち。

15分で起こしてくれと伝え、眠りに落ちる。

スタッフに肩を揺すられ15分の眠りから目覚める。体が重い。しかし!ここにはソシスランティーユがあるらしい!!

嬉しくなって食堂へいき、大好きなランティーユソシスを頂く。相変わらず美味い!クレープと合わせて腹一杯だ。
残すは約42kmここからフルマラソンだ。体は満身創痍だが、完走は確実と感じていた。あとは不意の転倒や負傷に最大限の注意が必要だ。足にはマッサージオイルや汚れでもはやテーピングが着かず、テーピングなしの状態だ。

走り出しは足が痛すぎてやばかったが、ここでついにロキソニンにお世話になる。体が温まるとまたジョグできるようになり、平坦はしっかり走った。

ここからゴールまではもう低山しかない。急に村を抜けるローカルな草レースのようなコースになり妙な安心感。無数のニワトリの鳴き声とともに 夜が明けてきた。この辺りからロードに出たりトレイルに入ったりを繰り返す。
施設エイドでおばあちゃんがコーヒーを振舞ってくれて心温まる。そのごサトウキビ畑の中を藪漕ぎするように抜けると、岩ゴロゴロの偉いテクニカルなジャングルセクションへ。走れる林道も多数あった。標高も下がり暑くなり再びノースリーブになる。
この区間もひたすらおしゃべりジョーと一緒に進む。彼のおかげでダレずに後半も距離を消化できた。

最後の大エイド la possesion は143kmぶりに海沿いの海抜ゼロメートルのエイドに 33時間55分 236位で到着。ジャラベールは35時間43分 297位。大会時は私はジャラベールからリードしているのかどうかは分からなかったが この辺りで勝てるのではないかと感じていた。

ここから最後の難所 Chemin de anglais と言う、昔イギリス占領時代に作られた火山岩の恐ろしく荒れ果てた日照りの石畳を登るセクションだ。

ここは2015年に無敵の帝王フランソワデンヌが苦しさで泣いたと言う、伝説のセクションである。標高も斜度も大したことはないのだが、ここまでの厳しいエリアで消耗しきった体にはまったく日陰のない見渡す限り続く黒い石畳を進むのはメンタルに応える。

しかし私にはジョーと言うおしゃべりな相棒がおり、みるみる元気になるジョーに引き回されてガシガシこのセクションは攻めまくった。

151km Grand Chaloupe を35時間28分で通過。最後の最後の上りに入る。満身創痍だが着々と迫るゴールを感じ、どこか心地よい。動き続けた登り足もついに力つき、同志のジョーについて行けなくなる。最後の上りははるか向こうに見える白い水タンクまで登るとジョーが教えてくれた。めちゃくちゃ遠くに見える。でもとにかく進めばつく。足裏が痛い、足首も痛い。左足はまっすぐ伸ばせなくなった。でも、もうすぐゴールだ!

しかしこの最後の上りは丹羽さんも大瀬さんも皆口々に曲者と言わせる嫌な上りだった。傾斜はきついが景色も日陰もなくいつまでも頂上につかない、何度もロードに出てはくだり、標高を下げてからまた登るいやらしい設定。

後から聞いたが昔は最後の山まで国定公園のMafateのようなトレイルだったらしいのだが、貴重な保護動物の鳥の繁殖地を通過していたらしく、現在のルートに苦肉の策で変更になったそうだ。

私は約37時間を15分の睡眠だけで乗り切って来たツケがついに回ってきた。眠気は大丈夫だったが、もう力が出ない。下り足は壊滅した。くだりは一歩一歩に激痛が走る。頂上に出ると突然天国のような広い広い芝生の広場に出で眼科に真っ青な海が広がっていた。

涼やかな風が吹き、体を冷やしてくれた。

「綺麗だなあ、天国ってこんな所だったら良いな」 そんなことを呟いた。そして、ついに最後の水エイドに到着する。あと5kmで、長い長い旅が終わる。

シロップ水を補給し、すぐにエイドアウト。疲れ切っていたが、ここで休むより早くゴールしたかった。

もうヨレヨレだった。最後の下りまで世界のグランレイドレウニオン は休ませてくれなかった。最後まで激烈テクニカルな危険な下りだった。

木につかまりながら、ウグッ!ウォッ!イタタ!と叫びながらヨタヨタ降った。 たった5kmなのになかなか着かなかった。

はるか前に抜かした数名にかるーく抜き返されたが、もうどうでも良かった。
一歩一歩ゴールへ進んだ。高速道路が見えてきて最後の計測を過ぎるとスタッフに 大会Tシャツ絶対着なさいよ!と注意される。

そうこのグランレイドレウニオン のルールでスタートとゴールは必ず大会から提供されるシャツを着なくてはならない。着ないからといってペナルティは無いらしいが、着ないでゴールする選手はほぼ居ない。私は最後のドロップバックに入れ忘れてしまい、丹羽さんのサポートの田辺さんにもし渡せたらゴール前に下さい、とお願いしていた。高速の下をくぐり、ついにゴールのスタジアムが見えると 田辺さんが待っていてくれた。

「おーい!田辺さん!」と叫ぶと「わあ!はやい!すごい!」と迎えてくれた。ゴール直前で大会Tシャツに着替え、www.fields-on-earth.com のフラッグを貰い、St Denisの Stade La Redoute に入る。

最後のトラックに入った瞬間、一瞬泣きそうになる。でも、笑顔でゴールしなきゃと、飲み込んだ。

そして、丹羽さん、大瀬さんに迎えられて、ついについに 私のはじめての100マイルを完結した。

165.69km 総獲得標高 9553m 38時間44分14
226位 マスター1カテゴリー 76位

そして、一度は完全に諦めた私の密かな目標、ローラン ジャラベールへの挑戦。 ローランジャラベール 41時間28分06秒 310位。今までどんなに追いかけても、決して届く事のなかった憧れスーパースターを、この超絶に過酷なウルトラトレイルワールドシリーズという世界最高峰の大会で、ロードレースではありえない、165kmで9553mと言う過酷な舞台で、はじめて越えることができた。

私が胸の内で1年間温めていたミッションは、見事にコンプリートされたのだった。
出場が決まったのは大会の約1ヶ月前だったが、時間が短いなりに極めて集中して良い練習ができていたので、かすかな期待はしていたが、本当にそれを実現できて本当に嬉しかった。

私はロードレースに携わっていた時代、日本のトップ選手に「世界なんか目指したって無駄だ」と言われた。その言葉は忘れられない。その言葉を発させてしまった自分も許せなかった。 そんな事はない、と理解して貰えなかった自分の無力さに失望した。

あれから6年、やったこともないスポーツを全くのゼロから始め、今日ワールドツアーのグランレイドレウニオン で、私はローラン ジャラベールに約1時間30分の差を付けてゴールした。別に何も伝わらないかもしれない。別にそれでも構わない。やれば出来る、やれると信じて頑張れば出来る、その事実だけは自分は達成した。そして、それは素晴らしい達成感に溢れている。

この大会を走れて本当に良かった。
ずっと自分の中に掛かっていた霧が晴れたような気分だ。たくさんの方々に支えられ、初めての100マイルの酸いも甘いも味わい、その難しさと奥深さを存分に楽しんだ。これは追求するべき楽しさだ。

スタート前、もしかすると100マイルは最初で最後のチャレンジになるかもしれないと思っていた。ズタボロになって、もう2度と出ないと思うかと恐れていた。

今、私は早く次の100マイルに出たくてしょうがない。100マイルの面白さに完全なハマってしまったようだ。

この素晴らしさを一人でも多くの方に体験してほしいと思う。その思いを忘れずに、www.fields-on-earth.com のツアーを企画していきたいと思う。

最後に、一緒に遠征してくれた丹羽選手、田辺さん、大瀬選手、大会情報を提供してくれた今回6位の Gay Anthony 選手、Frederic Ohanian さん、プライベートエイドで献身的にサポートしてくれた Raidersの皆さん Marcさん、大会主催者、ボランティアの皆さん、そして私をトレランの世界へ導いてくれて、初めてご一緒できた 鏑木選手に 心から感謝申し上げます。
そして応援メッセージのフラスクを作ってくれた娘と息子、お母さんに何よりも感謝しています。ありがとう。あれが無ければゴールできなかった。

まだまだ、私の挑戦は始まったばかり。もっともっと上を目指して頑張りたいと思います。

超長文 読んでくださった方、ありがとうございます! お疲れ様でした。笑

インドネシア BTS ULTRA 勝った!

  • 2017.11.19 Sunday
  • 21:23
2017 4 NOV Indonesia BTS30km 520 started 1156m Denivele


レースレポ 「勝利の女神はトイレの女神」

10月19〜21日 フランス領 アフリカ地域のレユニオン島 グランレイドレウニオン 165km 総獲得標高9553m ウルトラトレイルワールドツアー を38時間44分で完走し、初マイラーとなった2週間後の11月4日、来年に向けたツアー視察の為、インドネシアのジャワ島 ボロモ・テンガー・セマル国立公園で開催されるBTS100ウルトラに出張して来た。

本当なら70kか100kを視察を兼ねて走りたいところではあったが、流石に体が持たないと思い、30kmにエントリー。 エントリーの時点ではまだマイラーになれるかどうかわからないので、初100マイルの後、自分がどのような状態になるのか、どれぐらい消耗し、2週間でどれぐらい回復できるのか、予測もできなかった。

100マイル後、過去経験がないレベルで足は浮腫んだものの、思ったよりダメージは少なかったように思う。 100マイル のレユニオン自体、65kで早々に強烈なグロッキータイムが来て、約1時間半がっつり休んだ事もあり、実は正直な感想は思ったより100マイル が長くは感じなかった。

15分しか眠らなかったが、幻覚も幻聴も無かったし、追い込まれた状態は、前半の65kのリバースタイム以外は全く無かった。

帰国後、インドネシア出発まで結果的に一切走らなかった。ひたすら我慢していた とんこつラーメンやケンタッキーなどを貪り、すっかりレユニオン以前までリバウンドしていた。

BTSとはジャワ島最大の景勝地 ボロモ テンガー スメル国立公園の頭文字を取った名前で100マイル.100k 70k 30kのレースがありUTMBポイント対象レース。インドネシアで最もポピュラーなレースのひとつらしい。

なにより、その景色は「圧巻」の一言。 超巨大な火山クレーターの外輪山、さらにその中に三つの2300mオーバーの火山が存在し、回りは火山灰の砂漠と言う、まるで月面を走るような荘厳で幻想的な景色の中を走る。


インドネシアでもトレイルランニングブームは非常に盛り上がりを見せているそうで、急激に大会もランナーも増加しているそうだ。
参加者は最も短い30kmが最も多く、約600名がエントリー、70kは500名、100kが100名、100マイルは60名だそうだ。

11月4日 朝6時スタートの為、4時半に起きてスキヤキメシを作り食べる。ちょっと遅い食事だが、なるべく睡眠をとりたかった。

スタート45分前にスタート地点に行くと既にかなり多くのランナーが集まっている。 スタート後800mぐらいで細いシングルトラックに入るらしく、すぐ渋滞するそうなので二列目に並ぶ。


スタート地点がすでに標高約2200mなので、アップをすると明らかに酸素の薄さを感じる。 レユニオンでも2000m代には何度か登っていたので、何とかなるかな?と考える。

インドネシアの国歌を聞き、カウントダウンされると、約520名のランナーが一斉にスタート! 地元らしきランナーがとんでもないスピードですっ飛んで行く。

私も渋滞回避の為、結構なダッシュをかますと、いきなり心拍がヤバい感じになり、急いで落とす。 落とすものの結構キツく、また失敗したか不安になる。 すぐにかなり狭いシングルトラックに入り、外輪山の稜線を進む。走れる緩やかなアップダウンだが、走り続けるとかなり呼吸と心拍がきつくなる。

スタートで猛烈に突っ込んだ数名は急ブレーキで戻ってくるが、前に4人ぐらい行った。 稜線から火山のクレーターに下る入り口を見逃し真っ直ぐ行ってしまい、ミスコース。

後ろに続いていた4名に抜かれ8番手ぐらいで下り始める。 トレイルは日本のトレイルに近い柔らかい土のサーフェスだが、幅がめちゃ狭い。脚を一列に出さないとトレイルから出てしまう。追い越しはかなり困難な狭さだ。

この下りの後、クレーターの底の平坦な砂漠を少し走りコース中最大の高低差約700mの急登が待ち構える。



クレーターの平地は場所によって地面が砂地で非常に柔らかく、蹴ろうとするとパワーロスするので、なるべくしっかり面で着地し、蹴らずに膝をなるべく前にあげるイメージで進む。

砂地の平地でも、どんどん追い上げてくるが、目の前にそり立つ外輪山の急な斜面をジグザグに登るトレイルが見える。あれはなかなかきつそうだ。


平地で追い込みすぎるとあの登りで足が止まるだろうと思い、あえて追わずにマイペースを貫く。砂漠の平地で2人抜かし、外輪山斜面の急登へ突入。 予想通りのかなりの急登。登りで前に行っていた2名が急ブレーキし減速、淡々と交わす。

10m前にかなり絞れた走れるランナーが一名、かなり若そうだ。このランナーは無理に抜かさず、ペースメーカーにしたほうがよさそうだったので、差を保ちつつ激坂を登り続ける。

登りはどんどんきつくなり、腕を使ってクライミングしなくてはならない箇所が何度も出て来た。かなり心拍も上がっていたので、必死にセーブを心掛ける。

前を行く、若い速そうなランナーも足取りはキツそうに見える。コースプロフィールで確認していたが、この急登を登りきって、また外輪山の稜線に出るが更に2.3kmは登り基調で2700mまで登るはず。そこが丁度約10km地点なので、そこまでは余裕を持って入ろうと決めていた。気持ちと脚には余裕が有るのだが、スタートからずっと2000mオーバーなので呼吸と心拍が上がっている。

急登の最後で少し前と離れ始め、なだらかな稜線に入った。ここからは右手に美しいボロモ、テンガー火山が見え、後半走る砂漠の平坦が見える。 30kmという距離は、前半から突っ込むと持ちそうで持たない距離だと私は思っている。 何気に私は30km前後のレース経験は非常に多い。市川三郷トレイルや 桃太郎伝説扇山トレイル、八重山、陣場山などなど、おそらく30km〜50kmが最も沢山走ったレースの距離だと思う。だから自分のペース配分はこの距離クラスに関してはかなり把握できているつもりだ。

緩やかな外輪山の稜線はトレイル両脇の木の枝などが覆い被さり、腕で枝を避けながら進む感じでは有るが、コース自体はかなり走れる。 緩やかな場所は走り、筋力に高い負荷がかかり始める斜度は、パワーウォークした。
前の若者は一度視界から消え、かなり離される。

しかし、淡々とペースを刻んでいると、再び彼の背中が見え始める。 10km地点の2700mのピークからは20km過ぎまで長い下りとなり、プロフィールで見た限りはかなり走れそうだった。しかも下りきってからボロモ火山の火口へ登る迄は約5km砂漠の平坦なので、約15kmは走り続けなくてはならない。

私はここを勝負と考えていた。この走れる区間で潰れずに走り続けられるかどうかが重要と考えていた。

前の選手に約10mまで迫り、2700mのピークを過ぎて下りに入った。 すると直ぐにマーキングのない分かれ道があり、右にカーブする道の方が広いが、細い道は直線で続いている。 どっちだ!?

路面についた足跡を探すが、どちらもイマイチはっきりと足跡がない。仕方なく直進するが、トレイルはどんどん細くなり、かなり怪しくなる。一度引き返し、右に下っている道を行ってみるがやはり見える範囲にマーキングが無い。

参った、一瞬で前の選手を見失った。 再度直進の道を進んでみるが、どんなに目を凝らしてもランナーらしき足跡はない。
やはりこちらは違う。 決断し右に下る道を下りる。少し行くとマーキングが! あの分岐点につけてくれよ…。

かなりタイムロスした。3分はウロウロしただろう。せっかく詰めた若者に追いつくことを半ば諦めた。

仕方ない。もともとレユニオン後だし、結果を出すために来たレースでは無い。 気持ちを切り替え、とにかく自分のペースで進めば、まだ年代別やトップ10は狙える位置にいるはず。

かなり走れる下りだった。気持ちよく下りをリズミカルに走っていると、突然左の茂みからさっきまで前にいた若者が出てきた。

あれ!? どうも大きな花摘みをしたようだ。 ラッキー。私もロストしたが、前の彼にもトラブルが発生していたようだ。 そのまま抜かし下りを走り続ける。 しばらく行くと、 ガサガサっ! また左の茂みでインドネシアのランナーらしき選手が、「大きな花摘み中」…

今日は花摘みたい人、やけに多いな…。 でもラッキー! 2人抜いたから私のカウントでは4ー5位のはず。 俄然やる気が出て来る。 快調に飛ばしていると、またマーキングが無い分岐が…。 またか!

直進の道はかなり藪になりかけていて、あまりランナーが入って居なそうな気配だが、道なり。 左への下る道は、かなり人が通った気配だが、グーグルアースのコースGPSルートでは、稜線から右に下るはずで、左斜面を下る場所はなかったはず。もしかして70kや100kのコースなのでは?

左に下るとマーキングがあったが、本当に左斜面に下るべきか、かなり怪しい。一度戻ると、せっかく離し始めたさっきの若者にまた追いつかれる。 彼は迷わず直進。 でも、やはりコースっぽく無いので、 「マーキングはこっちに有るよ!」と叫ぶと、こちらに戻って来た。

私はマーキングの有る左斜面へ降りるルートにかなりの不安を覚えたが、とりあえず行くしか無い。

若者を引き連れ、2人で下る。 ここまで抜きつ抜かれつしてきた2人なので、そこまで力に差はなく、後ろにピッタリ着かれる。どうやらコースはあっているようだ。

くっつかれるのはかなり苦手だが、仕方なく自分のペースで下る。 なんども小さなゆるい登り返しがあり、そこは極力走って揺さぶってみる。

何度か登り返しをプッシュして走ると、足音がやや小さくなり始める。下りの後の平坦をしっかり走らないといけないので、思い切ったペースアップは出来ない。だからジワジワと小さな登り返しを利用して徐々に差を広げた。

長い走り続ける下りには、若干自信があった。なにしろレユニオンのあのMaidoからSans Souciの105kmからの約15kmのエンドレスダウンヒルで下り足は鍛えられている。あれは本当にきつかった。今までのラン人生で最もやられた下りだった。
あれに比べたらスタート後15kmから始まる10kmの下りなど楽勝だ。

実際、下りで足は問題なく軽快に下った。若者はジワジワと離れていった。 しばらく行くとロードに出て、急に路面が硬くなり衝撃が倍増。 100マイル 明けの足に異常が発生しないか、かなり心配だったが、大丈夫そうだ。

折り返しの15kmあたりで、第2水エイド。コーラや食べ物も少しあったが、十分なジェルが有ったので、水だけフラスクに足して、直ぐにエイドアウト。 ここで5位と告げられた気がする。

さらにロードで外輪山の斜面を下ると眼下にはランドクルーザーが巻き上げる灰の砂煙が立つ、広大なクレーターの砂漠が広がる。 下り切ると、火山灰が堆積した砂地の平地をボロモ火山まで約5〜6km程進む。

砂漠は蹴るとパワーロスして進まないので、また蹴らずにすぐに反対の足の膝をなるべく高く引き上げ、あしラボの小野寺先生に伝授して頂いた、体重移動、着地点、体のねじれに気をつけて、とにかくフォームとリズム、呼吸を意識し前を追った。

ロードから砂漠に入る頃、前半猛スピードで視界から消えたオレンジウェアの地元選手をロックオン。

足取りがだいぶ重く見える。 砂漠に入ると、先行する選手たちの足跡がはっきりと見える。おそらく地元の選手だったはずなので、走りやすいラインどりの参考に、足跡をたどる。 砂漠は場所によって砂が引き締まっている場所と、フカフカに柔らかく沈んで進まない場所がある。 特に今日は昨夜の雨で、ラインによってはかなり走りやすい締まったラインが存在した。 ランクルの轍は走りやすいかと思ったが、意外とタイヤが砂を掘り起こし、柔らかくなっており轍はイマイチだった。

ロックオンしたオレンジのウェアの選手に追いつくと、しばし後ろで観察。 回復に努める。彼を抜かせば4位なはず。
だいぶペースが遅く感じたため、しっかり呼吸を整えて、一気に加速し引き離す。
足跡は1人減り、2ー3人の足跡が見える。 前の選手の足跡のストライドと自分のストライドを比較しながら走る。 明らかに15-20cm私のストライドが上回っている。 だがまだ前にランナーは見えない。フラットな砂漠で見えないから、相当離れているんだろう。 でも、まだわからない。ストライドからすると、かなり減速している可能性がある。

諦めずひたすらリズムを保って、腕をしっかり振って上半身で足を前に出すイメージで進む。

と、カーブを曲がると突然前に歩いている2人のランナーを発見! いきなり見つけた!

雰囲気としては、もう後ろは完全に引き離したから、歩いてもこの2人勝負だね、ぐらいの感じに見える。 「そうは問屋の下ろし金、日本のおっさんをなめんなよ」 そう喝を入れて、気付かれないように距離を詰める。

20mぐらいまで迫って、1人が振り返り、「あっ!」と言う感じで2人揃って走り出した。 「この平坦で歩きが入っている時点でお前らの負けだ!」と、心の中で呟きジワジワと距離を詰める。無理に追ってこの後の最後の難関、ボロモ火山の登りで自分が潰れてはいかん。

ジワジワと詰めて、遂に追いつく。 前の2人は、私の様子を伺うように3人横一列に並んだ。 私がペースを落とすと彼らも落とす。 「よーし、やってやろうじゃ無いか!」 闘争心に火がついた。

この辺はフラットなようで砂漠のうねりがあり、ゆるいアップダウンが繰り返していた。 ゆるい登りで一気に加速してみる。 1人が遅れ、1人が食らいついてきた。 しばらく引っ張るがぴったりついてくる。 体も筋肉質で絞れており、走れそうだ。

しかし、この選手バックパックはおろかボトル一つも持っていないのでは無いか? 必携品のレギュレーションを、完全に違反しているぞ?
それを見ると、ますます負けたく無い気持ちになり、再度勝負をかける準備に入る。 しばらく引っ張るが離れないので、長いゆるい登りで疲れたふりをしてジワジワ減速し、前に出して見る。

頭が左右に揺れて、一歩一歩必死に足を前に出している感じで、かなり消耗しているように見える。彼が前に出るとたちまち減速し始めたので、もう一回スパートを打ち込んだ!

今回は前回より加速時間を伸ばし、自分の足を削りつつも、相手の足を終わらせるイメージでスパートした。 こっちもキツイが、お前はもっとキツイはず! そう心で叫びながら加速する。

ジワジワ気配が離れて行く。しばらく加速し後ろをチラ見すると20m差ぐらい開いたが、思ったより粘っている。 ゴールまで後約8km。コースは砂漠のジープ道から左のボロモ火山に向けて斜面を登り始める。


ここからボロモ火山の火口まで斜面をトラバースしながら登って行く。 遠目からは分からなかったが、激しくアップダウンしている。 次第に草一本ない雨で表面は硬いが、割れるともろく崩れる、今まで未体験の丘陵地帯に入る。まるで月面を走っているかの様な、今まで見たことのない、宇宙的な景色の中を走る。

火が昇りかなり熱く、明るい黄土色の斜面の照り返しが眩しい。 この登りが実質のラスボス。超えたらまた砂漠を横断し、最後に起点であるゴールへ一気に登るだけだ。

最後のエンジンに点火。フルガスでパワーウォークし、引き離しにかかる。 彼を離せば2位だ。表彰台が確実になる。 悔いのない走りをしよう。

スタート前には想像もしなかった、まさかの表彰台が迫っていた。 ボロモ火山の登りの途中でカメラマンが写真を撮っていたので、前の選手との差を聞いてみた。
「前とは何分ぐらい?」
「君が一位。君が30kmのトップだよ!」

… … 「え?…」 なぁにぃぃ!!

まさかの!? いやいや待て待て、絶対に後1人いるだろう。騙されるな。カメラマンだから数え間違えもあるだろう。チェックポイントなら確かな情報があるはず。


鵜呑みにせず、まだきっと前がいるつもりで進んだ。 ボロモ火山の火口に近づくと、コースはもはや道無き道、ボッコボコの砂礫層の斜面にマーキングを立ててコースに仕立て上げた前代未聞のテクニカルトラバースに突入した。

波打つ斜面は表面だけ硬く、足を踏ん張ると崩れ落ちた。斜面の溝は雨で侵食され、深いところは1mぐらいの溝ができていた。
下手なところに落ちるとケガをしかねない。

右足は外足が、左足は内足が限界まで引き伸ばされ筋肉が引きちぎれそう。 もはや四つん這いでないとまともに進めない。 あまりにテクニカルで、全く進まない。 なんども足場が崩れ、滑り落ちまたよじ登るを繰り返した。

走りたくても走れず、ただこの厄介な斜面に翻弄され、慣れた地元選手にまた追いつかれるのではないかと、不安になった。
でも、もう振り返らなかった。 相手も苦しんでいるはず、兎に角前進あるのみ。そう信じて必死に進む。

やっとの思いでこの地獄のトラバースを乗り越え、ボロモ火山の火口への階段の麓に辿り着き、チップチェックをする。

「You are first of 30km!」
やはり、私はトップだった!!
マジかー!!
まさかの、トップ!
私のランの優勝歴は、出走30名くらいの こどもの国ハーフマラソン の優勝だけだ。

まさか海外のUTMBポイント対象の、世界各地から参加のある520名スタートの大会で、トップになるとは夢にも思わなかった!!

「もう2度とないかもしれないこのチャンスを、絶対逃してはならない」 急にプレッシャーがのし掛かる。

最後の登り、ボロモ火山の火口への直登はマックスのパワーウォークを打ち込む。
来るな、来るなよ!
後ろから追われる恐怖。焦るな、落ち着け!
自分の葛藤が始まる。


ついにラスボス、ボロモ火山のピークにつき、証明のブレスレットをつけてもらい、折り返して下る。

ボロモ火山は、今日もジェット機のエンジン音の様な爆音を奏でている。観光客がたくさんおり、「ソーリー!トゥリマカシ!」

ごめんなさい、ありがとう! を連発して横を通過する。観光客や土産物屋があり過ぎてマーキングが解らない。

「コースは何処ですか!!」
何度も周りに聞きながら、山を駈け下る。

右足のふくらはぎと、ハムストリングスが攣りそう。

下りきって、まっすぐ行くとまたマーキングを見失う。

「コースは何処ですか!!」
周りに尋ねると、スタッフが走って来て、「あっちだ!」

と、元に戻る。 焦る。もう2度とないかもしれない海外レースの勝利をロストで逃したくない。

運良くすぐにコース復帰して、砂礫の谷を進む。

「足が、足がつる!」
やむなく止まり、必死にストレッチして伸ばす。もうゴールまで後3km。何とか持ってくれ!

携帯して来た全てのドリンクを飲み干す。
あとは砂漠を横断し、スタート地点に戻るだけだ。
足がつらない様に、砂地を蹴らずになるべく上半身で走るつもりで、フォーム腕振りを必死に意識した。
恐怖心で何度か振り返るが、後ろは見えなかった。大丈夫、行ける。このままのペースで進めば行ける。
何度も自分に言い聞かせた。

砂漠を渡りきり、もう一度後ろを振り返る。
全く見えない。相当離したようだ。
行ける!大丈夫!
再度自分に言い聞かせる。
最後のロードの急坂を登る。ラスト1km! 斜度25%〜30%の激坂で、ロードなのに全く走れない。必死にパワーウォークする。

何台もジープが唸りを上げて抜かして行く。バイクタクシーもたくさん来る。 2位の選手が、バイクタクシーに乗ってインチキして抜かされたらどうしよう、ジープも鈍いから、リアバンパーに飛び乗れば簡単にインチキ出来ちゃうな、とか、どうしようもない不安ばかりに駆られる。

兎に角、必死にパワーウォークした。 来ないはずの後ろを何度も振りかえった。

何度見ても後ろは見えなかった。ついに最後の激坂を登りきり、右に曲がりホームストレートに入る。足はパンパンだったが、レユニオンの最後の下りに比べたら楽勝だった。

「勝つ、勝つぞ!」

ゴールのアーチが見えて来た。
両手を挙げ、ガッツポーズした。

「やったー!ついに、まさかの優勝!」
念のためオーガナイザーに再確認した。
「俺、本当に30kmの一位なの?」

「Yes! You are winner and new record!」

あなたは勝者で、さらに大会新記録ですよ!

さらなるサプライズ、大会新記録まで頂き、感激!ゴールではカメラマンや、観戦していた観客から記念撮影の嵐だった。

最高…。勝つって、最高…。

全く予想していなかった、レユニオン二週間後の視察レースでの優勝。 レユニオンに向けて頑張った成果が意外な所で発揮された。

ゴール後はいろんな人に何度も何度も記念撮影を頼まれた。こんな事、もう2度とないかもしれないから、喜んで撮影に応じた。

ありがたい。こんなおっさんランナーと写真が撮りたいだなんて、ありがたい。

BTS 30km出て良かった。
しかし、2位の選手全然来ない。
一通り写真撮影や、ドリンクを飲んだりしていたら、10分後ぐらいにやっとやって来た!

こんなに離れているなら、あんなに心配しなきゃ良かった…。

2位のインドネシアの選手がゴール。 お互いに健闘を称えあい、握手を交わした。

3位には前半からずっと競り合って来た、若者が20分後ぐらいにゴールして来た。

彼も順位を正確には把握出来ておらず、 「君が3位だよ!」と教えてあげると、「マジで!やった〜!」と大喜び。

朝6時スタートで 3時間21分でゴール。まだ朝10時前だった。表彰式は14時からと言うので、一度ホテルに戻り、火山灰で全身真っ黒になった体を洗い、ハイまみれのウェアも洗濯した。

何だか信じられない気分だった。まさか、ここでトレラン初優勝が来るとは。 今まで 万里の長城マラソン2016で4位、同大会2017で7位に入った事はあるが、優勝者が同年CCC2位の選手で、タイム差が40分だったり、上位に入っても、どの大会も優勝とは縁が全くなかったので、想像もしなかった。

たまたまレースのレベルに恵まれたとは言え、こんなチャンスをもらえた事に感謝しかない。

トランスランタオ100k

  • 2017.03.10 Friday
  • 19:48
3月8日 今年3度目の香港へ。
香港トレイルで、最もきついと言われるトランスランタオ100k。

1月のウルトラトレイルワールドシリーズのVibramHK100では、 終盤にリバースアンド第失速で無念のレースだったので、今回の目標は リバースしない。80kmからプッシュできる ネガテイブスプリット。

トランスランタオは香港の中でも最も野生の自然が残る島で、階段や舗装路が少ない。
中でもランタオピークは海から935mまで一気に駆け上がる難所となる


ツアーホテル前には路面電車が行き交う

ランタオ島にはフェリーで移動


シルバーマインビーチ



魚がいっぱい


大会前はお粥と

ワンタン麺カーボローディング

2017神奈川マラソン ハーフ

  • 2017.02.05 Sunday
  • 13:30
1週間前の川崎月例は39分04の絶望的ワースト記録を樹立。

落ち続けるロードのタイムに、モチベーションも下がり、成長を諦めかけていた。

先週10kmでさえ3分台がキープできず、4分台でなんとかゴールした経緯から、完全にビビリモードで、スタートからすぐに3分55で入ると決めていた。


スタートで並んでいると、以前こどもの国マラソンでトップ10争いをした Tさんと再会し、レース談義に花が咲く。おかげで変にプレッシャーもなく、スタートを迎えた。

どうせPBなんて、出やしない、ワースト記録だけ逃れよう、そんな弱気なスタートだった。

いつもなら気合で3分40ぐらいで突っ込むが、スタートの人混みが落ち着いたら、すぐに3分55、4分まで抑えた。km4で通せば1時間24分台には収まる。
それぐらいの気持ちで、余裕を持って入った。

すると!すぐ後ろからなんと せーきちさんあらわる!
私の一番昔からのブロ友さん。
私が初めてできたラン友さんだ。

その当時からずーっと、お互いサイドバイサイドのバトルを繰り広げて来た。
2年前もラスト2kmまでサイドバイサイド、僅差でお互いPBを出した。

私のハーフのPBはその時の1時間22分台。

だが昨年から仕事でウルトラ系80〜100kmの大会が増え、スピードは失われていった。
今年は3回横浜月例20kmに挑んだが、全て15kmあたりで失速しワースト記録の連続だった。
ロードはここまでほとんどうまくいっていない。

なのでものすごく慎重なレースを展開した。

ペースはとにかく3分55で刻む。少しきついと思ったらすぐに4分へ落とし、余力を残すことを意識。ピッチ走法で呼吸と腹筋、腕振りだけで足を前に出す意識を心がけた。

とにかく潰れないように。そこだけに集中。

しかし、入りを抑えたおかげか、7kmぐらいから体が動き出し、気がつくと3分45とかに入るようになり始める。
すぐに緩めて3分50に落とす。
落とすとなんか楽だ。
ん?今日は体が動くなあ〜

そう思い始めていた。
せーきちさんは自分の約150mぐらい前を行っていた。
私の集団は綺麗に3分55で進んでいたが、折り返してからどうしても遅いと感じ、集団から抜け出し始める。

ペースダウンするランナーをひたすら抜き続け、おそらく3分50ペースぐらいの一つ前の集団を追う。

そのグループの前の方にせーきちさんが見えている。少しずつ、距離が詰まって行く。
15kmあたりてSTCのなんとかブーストと言う、悪魔のジェルと噂されるジェルを飲む。

非常に高価なジェルだが、ラスト約15-30分、ミラクルな追い込みが効くと噂されているジェルだ。
しかし、ジェルを一滴残らず飲もうと、頑張ってチューチューしたら呼吸が不足してすごい苦しくなった!!

一旦呼吸を落ち着かせ、またじわじわと追い上げる。
ついに前の集団を捉え、次々に抜かすがせーきちさんもペースを上げている。
ラスト3.5km最後の折り返しでせーきちさんにサイン。お互いの健闘を讃える。
折り返して、最後のスロットルを開ける。腕をしっかり振り、腹筋出足を前に。かなりきつくなって来たが、まだ垂れてはいない。
じわりじわりと、せーきちさんに迫るも、せーきちさんもナイス粘り。お互いペースダウンするランナーをどんどん抜かしながら順位を上げて行く、ラスト1.5kmついにせーきちさんの背中を捉える。

しかし、追いつくのにかなり消耗。イエローランプが灯り、一旦せーきちさんの背後で呼吸を整える。
ゴールに向かい左折すると、最後の長い直線へ入るところで、わずかに登る。ここで満を辞してスパート!
行くぜ!せーきちさん!
グワッと上げたつもりだがピッタリつかれた。自分も思ったほど余力が無く、一度スロットルを戻す。
そしてまさにサイドバイサイド、ラスト1kmの勝負へ。

ラスト1kmの看板を過ぎ、意を決して最後の一発を打ち込む。
どおりゃああ!!

久々のせーきちさんとのバトル、お互い正面からぶつかりこのバトルは本当に痺れた。

時計を見るとまだ1時間17分前後!
速い、今までで最も速い!
もう意識が限界で正確な計算は出来なかったが、もしかしたら憧れの20分切りが可能かもしれない!

そう感じた。

呼吸は限界に上がり、指先がビリビリ痺れ、ふくらはぎもビリビリと限界が迫る。あとは最後に左に曲がり日清工場にはいればゴールだ。
左折はまだか!まだ来ないか!
必死に腕を振るが、足が前に出なくなって来た。
うー、せーきちさんに追いつかれるかも!
前を追え!前を!
必死に言い聞かせ、狭まる視界の中前のランナーを追う。

左に曲がって行くランナーが見える!
もうすぐ、もう少し!!
時計は20分を回った、でもいい!
PB確定だ!

最後に左折し、フンガーっ!!
ともがいてゴール!!

1時間20分45ぐらい!!
やった!!
PB更新!!

そしてすぐ、せーきちさんゴール!!
お互い大幅なPB更新だ!

握手して、お互いの健闘を称え合う。
2年前も超僅差の戦いだった。
本当にせーきちさんとのバトルは楽しいし充実している。

せーきちさんが居なければ絶対このタイムは出なかった。

最近ロードもトレイルも記録更新が出来なくなって、モチベーションが上がらない日々が続いていた。

でも今日は久々に自分は成長できていることを実感し、最高な気分でゴール出来た!
心からレースを楽しめた!

良きライバルの、せーきちさんに心から感謝したい。

またこれで頑張れる。

ゴール後、スタートで一緒だったTさんにも再開。なんと1時間14分台PB更新だそうだ!

すげー!!
いい刺激になる。

Tさんと私は同い年。
今年はウルトラトレイルオーストラリアに出るそうで現地でまた会えるかもしれない。

40になってもまだまだ強くなれる。
またこれを機にがんばろう!
久々に最高の充実感。
神奈川マラソン、コースはつまらないが記録を狙うには最適なレース。
出てよかった。
これで気持ちよく、トレイルシーズンに入れる。

また頑張ろう!

トレイル お年越し! ウルトラトレイル タイモーシャン

  • 2017.02.01 Wednesday
  • 19:30
元旦スタート、香港のYTF50k 走って来ました。
物凄い絶景トレイルで素晴らしいコース!でも半端なくきついコースでした。

スタートから20kmまで、ノースフェイスの松永選手とずっと二人で走ることができ、大変貴重な体験をさせていただき、光栄でした!

約550名出走で、総合8位でゴール。昼前後が暑くて足がつりまくり順位を落としましたが、良い新年を迎えました。あけましておめでとうございます!! ちなみにUTMT 164k優勝のグリニウス選手がYTFの区間をちょうど約8時間で通過していたので、そのタイムに勝てるのか挑戦したところ、なんとか約20分勝つことができました。100マイルでは絶対不可能ですが。笑



トレイルランナーなら最高のお年越し、ウルトラお年越し!
来年はあなたも、ツアーでいかがでしょう?

2017 Vibram HK100 レポ

  • 2017.01.30 Monday
  • 21:38
昨年は大寒波、今年は凄まじい濃霧と、なかなか天候に恵まれないVibramHK100k, 昨年の記録更新、80位以内を目標にスタート。

50km CP5 までは良いペースだったと感じていたし、疲労感も少なくいけると思っていたが、CP7あたりから食欲が落ち込みペースダウン。

猿の群れに囲まれたシンムンダムCP8へのロードは歩き倒してしまい、昨年同様にCP8でカップラーメンで復活を期待するも、完食後3分で全部出てしまう(ToT) 公園管理の方、すみません!
もう何も食べられず、そのまま休むか、進むか迷うがCCCの時のリバース後の復活を期待してそのまま進むことに。

しかしこれがミスジャッジであり、完全にハンガーノック状態となり、歩くこともままならない状態に突入。

さまようゾンビとなり、ごぼう抜かれ、記録更新も諦める。針山の階段地獄にブツブツと悪態をつき、濃霧で何も見えないロードで もうトレイルを辞めてやると何度も頭でリピート。


CP8-9の平均時速が3.3kmと大ブレーキ。CP9に命からがら到着し、なんとか喉を通るホットチョコレートを補給。

食べ物は全てダメで、コーラを約200ml飲む。コーラは体が喜ぶ反応をしたので、朦朧とする頭でカロリー計算。ホットチョコレートで100kcal.コーラで100kcal. フラスクにホットチョコレート150kcal分トータル350kcalあれば、残り10kmのうちきつい登りは約3km、あとは緩やかになり4kmは下りでゴールだからなんとかたどり着けるはず。

ホットチョコレートとコーラの糖分だけが頼みの綱でフラフラとエイドアウト。10分ぐらいで体が動き始め、汗も出始めなんとか復活。CP9-ゴールの10kmで21人抜き返し、辛うじて15時間以内でゴール。
本当に苦しかった(ToT) 振り返るとレースパターンがCCCと全く同じ。ゴール前15km前後でブレーキする悪い癖。やはりもっと前半抑えないといけなかった。そしてやはり100kは長い。

自分には50-80kレースがマッチしているのかも。

大会のエイドや子供達のサポートが本当に素晴らしく、前半の海を眺めながら走るセクションは本当に素晴らしく美しかった。
後半の濃霧は本当に厳しかったけど、今振り返るとやはり良い大会でした。


川崎月例で、爆死

  • 2017.01.29 Sunday
  • 14:30
Vibram100k後 1mmも走らずに、2週間ノーランで川崎月例へ。
3km 10分42. 10km ワースト記録39分02 最後km4がキープ出来ずT_T。

初めて10km走った時でさえ38分台だったのに。 ああ、どんどんスピードが落ちて行く(>_<)
原因は分かっている。できない食事コントロール、ベスト体重+2kgからどうしても落とせない精神的弱さ。

大阪国際みながら、自分のヘタレ具合を深く反省。来週の神奈川マラソンは間違いなく地獄の修行になりそう。1時間25分切れたら御の字かもしれない。なんとか立て直したい。
とにかく2kg痩せりゃいいのに、なんでできないかなあ…情けない。T_T

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