グランレイド レユニオン Diagonale des fous ついにマイラーに

  • 2017.11.20 Monday
  • 19:34

グランレイド レユニオン Diagonale des fous 165km 9543m 参戦記

人生初の100マイルレースに出ることになった。 大会の約1ヶ月前だった。
行けるかどうか、仕事のこともあり不明だったが、溜まりに溜まった代休と有休を使って行くことにした。

40歳になった今年、UTMBでマイラーデビュー予定だったが抽選に外れた。
目標を失い、いまいちランに気持ちの入らない日々が続いていた。

でも、心の何処かで私はレユニオンに熱い情熱を感じていた。

そして大会1ヶ月前に急遽出場を決めた。
ウルトラトレイル ワールドツアーに挑戦するサロモンの大瀬選手、丹羽選手の参加サポートも兼ねて同行することにした。


レユニオンは事前情報があまりなく、私の友人で過去にCCC3位入賞経験のある、アントニー ガイ選手と連絡を取り合い、大会の情報入手に努めた。





レユニオン17 で6位のアントニー レユニオンにはマファテと言われる非常に山深い地域があり、65kから120kまで、個人サポートが極めて困難なエリアがある。リタイアしても何十キロも歩かなければ街に出られない。

大会のエイドはあるが、補給食などはヘリで運ばれる。

グランレイド レユニオンは今年25周年。トレイルランとしては非常に古くからある大会と言える。

それだけに島最大のお祭りと言われるほどの盛り上がりを見せ、レユニオン人にとって Diagonale des fous を走りきることは誇りであり、最大の名誉である。

島内のラジオやテレビでは常に優勝予想や期待のレユニオンランナーの特集が流れている。

島は火山により形成された、独特の火山島地形で、溶岩が海まで達しているため砂のビーチが少ない。

レユニオンはその独特の変化に富んだ地形により トレッキングのメッカとなっており、大きな観光資源でもある。

島自体はフランス領であり、お店や文化は限りなくフランスだ。
英語はあまり通じずフランス語もかなりクレオール訛りが強い。

位置的にはアフリカだが、あらゆる店が揃い非常に発展している。
位置的には近いマダガスカルではペストの流行がありリスクが上がっていたが、レユニオン島自体はフランスと言う事もあり、十分衛生的でアフリカのような衛生面でのリスクはあまり感じなかった。

丹羽さんが手配していた戸建ての
レジデンスは超快適でレースまでの滞在を十二分に楽しめた。




食事は丹羽さんのサポートでアンドラでもご一緒したTさんが用意してくれて、レースに向けて最良の食事を毎食頂いた。

Diagonale des Fous はUTMBのようにスタートゴールが同じ場所の大きく一周するレースとは異なり、島を縦断するように島南西のサンピエールから、北端に位置する島最大の都市 サンドゥニにゴールするラインレース。

最高標高地点は約2300mとUTMBなどと比較するとやや低い。
しかし、無数のアップダウンが獲得標高を稼いでいる。
Road to Diagonale. Finale. 「私のDiagonale もう一つの戦い」 (注意 : 超長文です)

私が 私の人生の最初の100マイルレースを Diagonale des Fous に決めたのには理由がある。もちろん UTMBが外れてしまった事もその理由の一つだったが、昨年の今日 密かに初めて走る100マイルは Diagonale des fousと決めていた。

私は6年前の34歳まで自転車ロードレース一色の人生だった。24歳まで競技に打ち込み、自転車ロードレースの最高峰 ツールドフランスに参加し活躍することを夢見てフランスのクラブチームで必死にその夢を追いかけた。だが現実は厳しく、私はロードレース選手としては本場欧州のレースでは歯が立たず、ツールドフランスなど夢のまた夢、指先にも掛からぬまま挫折したのだった。
その頃、私が憧れていた世界でまるで神のごとく活躍していた選手がいた。
「#Laurent_Jalabert ローラン ジャラベール」選手。

私がスタートラインにさえ遠く及ばなかったツールドフランスで、若い頃はエーススプリンターとして、数々のステージ優勝を飾り、スプリント総合のマイヨ・ベールを獲得、その後スプリンターとしては異例の成長を見せ、山岳でも活躍を始め数々のクラシックレースを制覇、往年にはスプリンター上がりの選手が着ることはあり得ない 山岳賞総合のマイヨアポアを獲得し、山岳最難関ステージを優勝、ワールドランキングで5回 年間最優秀選手となるなど、それまでの常識を覆すまさにフランスのスーパースターだったのが、ローラン ジャラベール氏だ。

引退後はすぐにツールをはじめとするビックレースのテレビ解説者やレポーターとして活躍し、タレントとしてクイズ番組や歌番組のゲストなどにも出演し、まさに国民的スター選手だった。
さらに彼はロードレース フランス代表チームの監督に就任し、フランスチームから数々の世界チャンプを輩出、特にユースの成長は著しく、弱体化しかけていたフランスロードレース界の救世主としても大活躍した。

私には何一つ彼に勝るものはなく、何一つ同じ舞台に立つこともない程に、天と地の差のある神がかった存在だった。 どんなに追いかけても、背中すら見えない、彼にとっては私の存在など知るすべもない別世界の人間だった。

しかし、私は何度か彼と直接接する機会があった。私が選手を挫折し、右往左往色々自転車ロードレース関連の仕事をしていた時、ツールドフランスの記者として彼にインタビューをした事がある。マネージャーにアポを取り、大観衆のサイン攻めをなんとかこなし、「5分だけだよ」と釘を刺されてのインタビューだった。
それから2.3回 ツールドフランスの取材を記者として出かける度に一回か二回彼にインタビューをさせて貰った。真摯で物凄い多忙ななかでも、きちんと質問に答えてくれて感銘を受けた。
でもそれはロードレース界のレジェンドである彼を取り巻く何百人の記者のうちの一人であり、相変わらず彼は雲の上のそのまた上の天界に居るような存在のままであった。

しかし、そんな神のローラン ジャラベールは、私とほぼ同じ時期にランを始めたことを知った。

初フルマラソンは2時間58分代で走ったことを知り、私は初フルマラソンを2時間54分で走った。
私はこの瞬間初めて、ありとあらゆるジャンルで神がかっていた世界のトップアスリートのローランジャラベールに肩を並べる事が初めて出来た。
これには胸がときめいた。

しかし、流石は世界のトップを極めたローランは、すぐにこの記録を更新。なんと2時間45分という驚異的タイム更新をする。

私は2度目のフルマラソンを2時間56分代とタイムを落とし、再び彼の背中を見失った。

ロードレース界のスターとして世界の最先端トレーニング技術を駆使し、あらゆる地形のレースで成功を納めたスターは、引退後もやり始めたらそのポテンシャルは凄かった。
さらに彼にはニコラという、こちらもトッププロとして活躍した兄弟がおり、かれもツールで活躍したスターだった。ローランまでの大活躍は無いが、それでもツールに複数回出場したトップアスリートだ。

そして、その二人が去年2016の今日 「Diagonale des fous」に二人揃って初めての100マイルレースとして参加したのだ。

ジャラベール兄弟は大きなランの大会に出るときは必ずそれなりのトレーニング、準備をしてきている事はメディアなどから知っていた。
そして、2016年にフルマラソン2時間45分を記録している事から、かなり狙ってきていたと思われる。

ローランのDiagonaleの通過タイムを見ると 最初のチェックポイント Domain vichot を135位 1時間35分で通過。これは相当にペースが速く、私は今回同じポイントを419位で通過している。

ジャラベールはその後も190番代をキープしながら後半まで200位前後を行き来するが終盤減速し、最後st denis に 「41時間28分6秒 310位」 で 兄弟のニコラ と共にゴールしていた。

私はこのロードレース界のスーパースター、ローラン ジャラベールの昨年の記録 「41時間28分6秒 310位」 を越えることが、胸の内に秘めた最大の目標だった。 フルマラソン 2時間45分の持ちタイム、自転車ロードレース元世界チャンピオンへの挑戦、それこそが私の秘めたる最大のミッションだった。

しかし、65km地点のCILAOS手前の非常に急なテクニカルなくだりで、突然体調が悪化、吹き出すように激しく嘔吐が始まる。まるで胃が口から飛び出るような苦しみが続き、進むことができなくなった。5分止まりゆっくり歩いて5段降りるとまた吐いた。もはや何も出ず、ただ胃液が出るだけであまりの苦しさに吐くと同時に涙がボロボロ溢れた。あまりの状態に抜かして行く選手のほとんどに 「大丈夫か?助けを呼ぶか?」と声を掛けられた。足は元気だったから「大丈夫、少し休めば行ける」と答えていたが、今までのラン人生で経験のない苦しさだった。

「こんな所で終われない」息子と娘が 頑張れ!とメッセージを書いてくれたフラスクを縋るように握りしめて、よろよろと進んだ。上腕二頭筋がビクビクと痙攣を続け、両手がビリビリと痺れ激しく目眩がしていた。 明らかにハンガーノックと脱水の症状で、エネルギーと水分を胃に入れない限り進めない。 無理やりジェルを飲むと3分後に吐いた。次のエイドまで3kmなのに1時間半以上の時間がかかった。

フラッフラでなんとか水エイドにたどり着き日陰の芝生に倒れ込んだ。スタッフが駆け寄って来て、なにかいるか?と聞いてくれたのでフラスクにコーラを満たしてもらった。 コーラはなんとか飲むことができた。 とにかくコーラの糖分と水分で体を回復しなくてはならない。 このエイドには約20分止まった。

なんとか歩けるようになり4.4km先のCILAOSエイドを目指す。

CILAOSエイドには温かい食べ物やドロップバックがあり、マッサージやドクターもいる、とにかくCILAOSで立て直そう、なんとか食べれる様にさえなれば、歩き倒してもゴール出来るはず。そう信じて進んだ。

でも、もうジャラベールには勝てない…。一つの目標は諦めざる終えなかった。やっぱり、自分は永遠にジャラベールには追い付けない。叶わないんだ。ここでは、そう思っていたことを思い出す。

CILAOSには計画したタイムを大幅に遅れて到着した。ジャラベールは昨年11時間25分で到着。私は 12時間11分で辿り着いた。

即座にドクターエリアに行き胃薬をもらい、ベッドに横たわり、マッサージしてもらった。

「1時間ストップしても良いからここで立て直す」その事に集中した。

何回も何回も息子と娘が応援のメッセージを書いてくれたフラスクを見つめ、折れそうな心を食い止めた。 炭酸水とドロップバックにいれた カルピスオレンジは美味しく飲めた。

ジェルは一切体が受け付けなかった。 エイドスタッフ皆さんが本当に親切で、みんなで食べ物を持って来てくれたり、助けてくれた。

CILAOSは快晴で暑かった。水のシャワーを全身に浴びてさっぱりする。ドロップバックにいれた赤いきつね を食べることができ、ふかし芋もなるべく食べた。経口補水液ものみ、栄養ドリンクを2本飲んだ。 エイドの街は真っ青な空とヤシの木やカラフルな建物、日本には居ない綺麗な色の小鳥が飛んで居て楽園の様だった。

「楽しもう、大会を最大限楽しもう」体は苦しくて仕方なかったが、必死にそう繰り返し言い聞かせた。切り立ったレユニオン独特の山々はアルプスやピレネーとも異なる独特の景色を生み出して居た。たくさんの滝が流れ南国の植物が茂っていた。


この後 前半最大の難所 Col du Taibitが待ち構えている。日陰がほとんどなく暑さに苦しむと言われている峠だ。
このエイドで十分に水分補給し、フラスクも満タンにした。ドクターも顔色がだいぶ回復した、と言ってくれた。隣にいたランナーもエイドインして来た時、血色がヤバかった、と言っていた。

まだ全く走れる状態ではなかったが次のエイドまでは行ける状態になったので歩いて行くことにした。

献身的にお世話してくれたみなさんにお礼を言い、エイドアウト。テクテクと歩いて進む。次々に足取りの軽い選手たちに抜かされたが、気にしなかった。「ゴールだけは絶対にする。」その気持ちだけは変わらなかった。

なるべく景色を見る様にした。本当に美しかった。真っ赤な頭の小鳥、トサカの様な頭の鳥、たくさんのパパイヤやヤシの木、そしてたくさんの応援。噛みしめる様に楽しんだ。

最初の難所 Col du Taibitの上りに入る。72km登り口のチェックポイントは609位 14時間55分で通過。ちなみにジャラベールは 12時間48分205位 で昨年通過している。実に2時間のタイム差をつけられていた。

この登りで約800m標高を上げる。内臓がやられただけで足のダメージはほとんど無かったので、淡々と歩いていたが、一人また一人と抜き始めた。たぶんこのCol du Taibitだけで30人以上抜かしたかも知れない。暑い暑いと言われていたが、神様も私に味方し、最も暑くなるはず頂上付近はちょうど雲が太陽を隠し、涼しく快適に進めた。

Col du Taibitを超えるとかなり涼しく緩やかな下りが続いた。徐々に走れるようになってきた。

78kmのMarla のエイドに着いた。16時間47分 523位。70位近く挽回した。

ゼッケンチェックをする。と、鼻から生暖かいものが。手で触ると大量の鼻血が流れ出ていた。あっという間に手が血まみれになり、私自身その量に 「これは、ちょっとまずい」 と感じた。
すぐさま救護所へ移動し綿をつめた。手は真っ赤。全く鼻には触れていなかったので、不安になった。すぐに血圧を測る。ここで異常が出たらドクターストップになってしまうかもしれない。

不安になった。ドクターが血圧を見る。 「パーフェクト!」 ホッとした。と、同時に力が湧いてきた。

鼻血も無事に止まり、Marla のエイドで食べ物を物色。すると、このエイドにはレユニオン名物のソシス ランティーユというソーセージとレンズ豆のパスタがあり、ものすごく美味しそうな香りが漂っていたので、頂くことに。

CILAOSで体調を崩してから、まともな食事は初めて。おそる恐る口にして見る。

「…う、うまーい!!」思わず声に出た。

厚めの皮のソーセージを噛むと、ジュワッとスパイシーな肉汁?が口に広がり、絶妙な塩加減。パスタとレンズ豆のソースも最高の相性で美味すぎる! 泣きそうなぐらい美味い。これならいくらでも食える! 夢中で絶品ソシス ランティーユを平らげ、エイドのスタッフに駆け寄る。

「うまいよ!これ美味すぎる!だからおかわり!大盛りで!」エイドのお姉さんが爆笑し、お代わりをくれた。 山盛りの二杯目もペロリと平らげた。みるみる力がみなぎってくるのがわかる。

幸せに満たされていた。美しいレユニオンの大自然と最高の地元料理。さっきまでの地獄の苦しみを忘れ楽しさが溢れていた。

絶対ゴール出来る。この Marlaのソシスランティーユが私にそう思わせてくれた。

ここから、私の快進撃が始まった。
Marla72kmから先は Mafateと言われるレユニオン内で最も山深い過酷なアップダウンが繰り返すエリア。
車は入れず、エイドへの物資は全てヘリで運ばれるほど山深い。
何度も何度も急峻な山を越えては下り川を渡ってまた登り返す。体は劇的に動いた。

まるで山の精霊が体に宿ったかの様に体は軽く乳酸の痛みを全く感じなかった。 87kmのSentie Scoute 19時間05分 331位で到着。実に約200人この15kmで抜かす。
ジャラベールは17時間06分 190位で通過している。

Sentir Scoutであずけていた 「カレー飯」とカルピスオレンジを補給。カレー飯はウルトラトレイルの必携品に認定しても良いと思う。美味すぎる。

この神がかったランニングハイをできる限り長続きできるように、丁寧に丁寧に気持ち良さに任せて飛ばさず、ランニングハイを最大限節約して引き延ばすイメージで進み続ける。

登りではひたすら抜かし続けた。面白いようにひたすら抜いた。途中でCILAOSで吐きまくっていた時、すごく心配してくれたランナーに追いつくと、覚えていてくれて「おい!おまえ!復活したのか!何だ、全くフレッシュじゃないか!信じられない!さっきとは別人だな!めいいっぱい楽しめよ!」と、声を掛けてくれた。

「自分でも信じられないよ、Marlaのソシスランティーユが美味すぎて、そっから絶好調なんだ!」そう言葉を交わし、まるで鹿のようにサクサクを山道を走った。この辺りは近年稀に見る山の精霊降臨状態で、まるで自分がレユニオンの動物になったような最高のランだった。

次第にに回目の夜が近づき、夜がやって来た。いったい何回山を越えたかわからない、何だかミスコースして同じ山を何回も登っているような感覚になる。前を見るとはるか下にライトが光、後ろを見ると谷を挟んで谷底からさっき降って来た山の上までチラチラとライトが光っている。

はるか向こうにもチラチラと山の高いところに光が見える。疲れていたらその光に滅入っていたかもしれないが、今の私は登りが全く怖く無かった。無限に登れるような感覚だった。

ランニングハイをキープしたままついにラスボスと見ていた高低差1000mピークは2020mのMaido 麓のエイド Roche plate106km に23時間57分 315位で到着。
ジャラベールは23時間15分 225位で通過している。

私はこの時点でジャラベールとのタイム差も順位も分かっていなかった。だが感覚的に彼に迫っていることを感じていた。CILAOSで一度は諦めたスーパースターの背中が見えて来ていると感じていた。

このエイドには高低差1000mを手前に戦意喪失したランナーが多く横たわっていた。サバイバルブランケットに包まれた体がたくさん横たわっていて、食べ物を掴んだまま眠りそうなランナー、唇が紫で吐き気と格闘するランナーだらけだった。

私はまたソシスランティーユが食べたかったが、このエイドには無かった。さらに次に好きなPatate douce ふかし芋も無かった。これは計算外だった。 食べれる物がない。しかし最大の難所を越えるには食べなくてはならない。仕方なくパンケーキとパテの塗られたパンを食べた。頂上のエイドまでは4.5kmと言う。 しかし、めちゃくちゃきついぞ!との警告。

夜でかなり冷え込んで来ていて、あまり長く止まりたくなかったので、5分ほどでエイドアウトした。

この時 2日目の夜10時に突入。私はここまで一睡もしていない。短いエイドストップだったが体が冷えてしまい、震えがきた。早く温めるためにとにかく進んだ。

この時間からラスボスに登ることを敬遠したのか、ほとんどランナーの気配がなくなり何度もロストしたのではないかと不安になる。

実際一度コースミスし、ものすごい崖の行き止まりになり、元に戻る。 体のバランスが悪くなんども転びそうになる。

さらに容量十分だったはずのベッドライトが暗くなり始め、ウエストライトの光量も減少。なんてこった…。スペア電池を送るエイドを間違えてしまったのだ。すでに一度電池交換していたが、そのバッテリーの持ちがなぜか悪い。

視界が悪くなんどもつまづき始め、さっきまで無限に登れそうだった足がついに重くなる。
このMaidoの登りのために丁寧に節約して来たのだが、今一歩足りなかった。
Maidoの登りは、これまでの登りを凌駕するキツさだった。腕を使わないと登れない急登が多数出現し、右側は漆黒の奈落の底、ものすごい崖でほぼ真下にかすかな灯りがちらつく。万が一眠気でふらついて落ちたら死ぬ。

前にも後ろにもランナーの気配がなくなり、私は目に見えぬジャラベールとのバトルを不思議と妄想していた。マイヨアポア着るスーパースターのジャラベールに食らいつき、ひたすらアタックをかけ攻め続ける自分をイメージしながら自分を鼓舞し続けた。俺があのスーパースターを超えられるチャンスはここしか無いんだ!足元にも及ばなかった自分が、彼を超えられる一生に一度のチャンスかもしれないんだ!そう繰り返した。

Maidoの登りは1900mあたりまで登ってからなかなか頂上にたどり着かなかった。ちょっと登っては下り、頂上にたどり着かせてくれない。

やっとの思いで頂上にたどり着くが、エイドはここから約20分だと言う。

頂上は寒く風が体温を奪った。今大会初めてゴアテックスジャケットを羽織る。足は走れなくなった。早足でエイドを探すがなかなか着かない。またゲップが出始め、内臓トラブルの予兆を示す。危ない。2度目は回避したい。エイドはまだか。

ふと空を見上げると、信じられないくらい眩しいオリオン座が見える。ふと、ベッドライトを消した。

「うわぁ!なんだこれは!」
見える全ての星が一等星のように眩しく光り、まるでプラネタリウムの中にいるように凄まじい星が見える。オリオン座がこれほどギラギラと光り輝く姿は初めて見た。なんて眩しいんだろう!

レースの苦しさを忘れ見とれてしまう。 さあ、エイドへ急ごう。とにかくここは寒い。次のエイドも長く止まれない。ここからながい13kmの下りですぐに標高が下がらない。

やっとMaido tete dure 113km には26時間19分 263位で到着。

ジャラベールは27時間36分 290位で通過しており、つまりは私は最大の山岳、ロードレースで言うならば最後の超級山岳でジャラベールを抜かし引き離したのだ!
ここまで最大2時間以上遅れていたが、ついにこの最大の難所 Maidoで、ジャラベールを抜いた!!

エイドは寒く温かいスープと紅茶を補給。レインパンツを履いてグローブをした。
相変わらずソシスランティーユは無く、ガッカリしたが ふかし芋があったのでしっかり食べる。

みるみる体が冷え、早く進まなくては危険だ。

急いで準備し、歯をガタガタ言わせながらエイドアウトする。すると 「おい!ちょっと待ってくれ!俺と一緒に行こう!」そう声をかけて来たランナーがいた。

ジョーと言う速そうなランナー。 「ちょうどライトが消えそうで一緒に来てもらえるとありがたい! 」と伝えると、照らしてやるから一緒に行こう!と 共に下ることに。

次のエイドまでは13kmの下り。だがこのくだりは曲者だった。なんどもアップダウンを繰り返し全く降っていかない。私のライトはなんと5ルーメンまで光量が落ちてしまい、ジョーがいなければ瀕死の状態に陥った。しかし、そのジョーが眠気にやられ「あーねむい!やばい!ねちゃう!」と何度も減速。必死に「がんばれ!寝るな!ここで寝たら低体温で死ぬぞ!」と声を掛ける。

しばらくすると今度はジョーが「ダメだ!ウンコがしたい!」と言い出す。ジョー、頼むよ、俺は早く降りたいのにお前のお腹が降ってどうする。

仕方なくジョーの野糞を待つ。待つ間に数人に抜かれるが、ここまで照らしてくれたジョーを見捨てるわけにもいかず、彼の用が済むのを待つ。

ジョーのウンコが終わる頃、ちょうどもう一人来たので、ライトが消えそうで一緒に行って欲しいと頼む。

ブルターニュからきている選手で長身で速い。必死でついて行く。くだり足が死んで行くのがわかる。しかし、ここで離れるわけにはいかない。
いつライトが完全に消えるかわからない。
ジョーは新たな話し相手を見つけ眠気から復帰していた。3人で色々話しながら果てし無く終わらない下りを降り続けた。
長い、本当に長いくだりだった。

やっと、やっと街に入り 29時間20分 262位で127km Sans Souci のエイドに到着。
ジャラベールは30時間48分 291位で到着している。
このSans Souci という町の意味は直訳すると「心配ない」と言う意味なのだが、行けども行けどもたどり着かず、誰しもが心配になりまくる真逆の街であった。

今まで無敵に感じた私の足は完全に終わりを告げ、崩壊していた。このエイドには名物のクレープと飲むヨーグルトがあり、クレープと飲むヨーグルトをいただく。美味しい!また整体師がおり、マッサージを受けることにする。
足を洗い、美しい女性マッサーがクッサい日本人のオッさんの足を揉んでくれるのは申し訳ない。
毛布に包まり、揉んでもらうとたちまち寝落ち。

15分で起こしてくれと伝え、眠りに落ちる。

スタッフに肩を揺すられ15分の眠りから目覚める。体が重い。しかし!ここにはソシスランティーユがあるらしい!!

嬉しくなって食堂へいき、大好きなランティーユソシスを頂く。相変わらず美味い!クレープと合わせて腹一杯だ。
残すは約42kmここからフルマラソンだ。体は満身創痍だが、完走は確実と感じていた。あとは不意の転倒や負傷に最大限の注意が必要だ。足にはマッサージオイルや汚れでもはやテーピングが着かず、テーピングなしの状態だ。

走り出しは足が痛すぎてやばかったが、ここでついにロキソニンにお世話になる。体が温まるとまたジョグできるようになり、平坦はしっかり走った。

ここからゴールまではもう低山しかない。急に村を抜けるローカルな草レースのようなコースになり妙な安心感。無数のニワトリの鳴き声とともに 夜が明けてきた。この辺りからロードに出たりトレイルに入ったりを繰り返す。
施設エイドでおばあちゃんがコーヒーを振舞ってくれて心温まる。そのごサトウキビ畑の中を藪漕ぎするように抜けると、岩ゴロゴロの偉いテクニカルなジャングルセクションへ。走れる林道も多数あった。標高も下がり暑くなり再びノースリーブになる。
この区間もひたすらおしゃべりジョーと一緒に進む。彼のおかげでダレずに後半も距離を消化できた。

最後の大エイド la possesion は143kmぶりに海沿いの海抜ゼロメートルのエイドに 33時間55分 236位で到着。ジャラベールは35時間43分 297位。大会時は私はジャラベールからリードしているのかどうかは分からなかったが この辺りで勝てるのではないかと感じていた。

ここから最後の難所 Chemin de anglais と言う、昔イギリス占領時代に作られた火山岩の恐ろしく荒れ果てた日照りの石畳を登るセクションだ。

ここは2015年に無敵の帝王フランソワデンヌが苦しさで泣いたと言う、伝説のセクションである。標高も斜度も大したことはないのだが、ここまでの厳しいエリアで消耗しきった体にはまったく日陰のない見渡す限り続く黒い石畳を進むのはメンタルに応える。

しかし私にはジョーと言うおしゃべりな相棒がおり、みるみる元気になるジョーに引き回されてガシガシこのセクションは攻めまくった。

151km Grand Chaloupe を35時間28分で通過。最後の最後の上りに入る。満身創痍だが着々と迫るゴールを感じ、どこか心地よい。動き続けた登り足もついに力つき、同志のジョーについて行けなくなる。最後の上りははるか向こうに見える白い水タンクまで登るとジョーが教えてくれた。めちゃくちゃ遠くに見える。でもとにかく進めばつく。足裏が痛い、足首も痛い。左足はまっすぐ伸ばせなくなった。でも、もうすぐゴールだ!

しかしこの最後の上りは丹羽さんも大瀬さんも皆口々に曲者と言わせる嫌な上りだった。傾斜はきついが景色も日陰もなくいつまでも頂上につかない、何度もロードに出てはくだり、標高を下げてからまた登るいやらしい設定。

後から聞いたが昔は最後の山まで国定公園のMafateのようなトレイルだったらしいのだが、貴重な保護動物の鳥の繁殖地を通過していたらしく、現在のルートに苦肉の策で変更になったそうだ。

私は約37時間を15分の睡眠だけで乗り切って来たツケがついに回ってきた。眠気は大丈夫だったが、もう力が出ない。下り足は壊滅した。くだりは一歩一歩に激痛が走る。頂上に出ると突然天国のような広い広い芝生の広場に出で眼科に真っ青な海が広がっていた。

涼やかな風が吹き、体を冷やしてくれた。

「綺麗だなあ、天国ってこんな所だったら良いな」 そんなことを呟いた。そして、ついに最後の水エイドに到着する。あと5kmで、長い長い旅が終わる。

シロップ水を補給し、すぐにエイドアウト。疲れ切っていたが、ここで休むより早くゴールしたかった。

もうヨレヨレだった。最後の下りまで世界のグランレイドレウニオン は休ませてくれなかった。最後まで激烈テクニカルな危険な下りだった。

木につかまりながら、ウグッ!ウォッ!イタタ!と叫びながらヨタヨタ降った。 たった5kmなのになかなか着かなかった。

はるか前に抜かした数名にかるーく抜き返されたが、もうどうでも良かった。
一歩一歩ゴールへ進んだ。高速道路が見えてきて最後の計測を過ぎるとスタッフに 大会Tシャツ絶対着なさいよ!と注意される。

そうこのグランレイドレウニオン のルールでスタートとゴールは必ず大会から提供されるシャツを着なくてはならない。着ないからといってペナルティは無いらしいが、着ないでゴールする選手はほぼ居ない。私は最後のドロップバックに入れ忘れてしまい、丹羽さんのサポートの田辺さんにもし渡せたらゴール前に下さい、とお願いしていた。高速の下をくぐり、ついにゴールのスタジアムが見えると 田辺さんが待っていてくれた。

「おーい!田辺さん!」と叫ぶと「わあ!はやい!すごい!」と迎えてくれた。ゴール直前で大会Tシャツに着替え、www.fields-on-earth.com のフラッグを貰い、St Denisの Stade La Redoute に入る。

最後のトラックに入った瞬間、一瞬泣きそうになる。でも、笑顔でゴールしなきゃと、飲み込んだ。

そして、丹羽さん、大瀬さんに迎えられて、ついについに 私のはじめての100マイルを完結した。

165.69km 総獲得標高 9553m 38時間44分14
226位 マスター1カテゴリー 76位

そして、一度は完全に諦めた私の密かな目標、ローラン ジャラベールへの挑戦。 ローランジャラベール 41時間28分06秒 310位。今までどんなに追いかけても、決して届く事のなかった憧れスーパースターを、この超絶に過酷なウルトラトレイルワールドシリーズという世界最高峰の大会で、ロードレースではありえない、165kmで9553mと言う過酷な舞台で、はじめて越えることができた。

私が胸の内で1年間温めていたミッションは、見事にコンプリートされたのだった。
出場が決まったのは大会の約1ヶ月前だったが、時間が短いなりに極めて集中して良い練習ができていたので、かすかな期待はしていたが、本当にそれを実現できて本当に嬉しかった。

私はロードレースに携わっていた時代、日本のトップ選手に「世界なんか目指したって無駄だ」と言われた。その言葉は忘れられない。その言葉を発させてしまった自分も許せなかった。 そんな事はない、と理解して貰えなかった自分の無力さに失望した。

あれから6年、やったこともないスポーツを全くのゼロから始め、今日ワールドツアーのグランレイドレウニオン で、私はローラン ジャラベールに約1時間30分の差を付けてゴールした。別に何も伝わらないかもしれない。別にそれでも構わない。やれば出来る、やれると信じて頑張れば出来る、その事実だけは自分は達成した。そして、それは素晴らしい達成感に溢れている。

この大会を走れて本当に良かった。
ずっと自分の中に掛かっていた霧が晴れたような気分だ。たくさんの方々に支えられ、初めての100マイルの酸いも甘いも味わい、その難しさと奥深さを存分に楽しんだ。これは追求するべき楽しさだ。

スタート前、もしかすると100マイルは最初で最後のチャレンジになるかもしれないと思っていた。ズタボロになって、もう2度と出ないと思うかと恐れていた。

今、私は早く次の100マイルに出たくてしょうがない。100マイルの面白さに完全なハマってしまったようだ。

この素晴らしさを一人でも多くの方に体験してほしいと思う。その思いを忘れずに、www.fields-on-earth.com のツアーを企画していきたいと思う。

最後に、一緒に遠征してくれた丹羽選手、田辺さん、大瀬選手、大会情報を提供してくれた今回6位の Gay Anthony 選手、Frederic Ohanian さん、プライベートエイドで献身的にサポートしてくれた Raidersの皆さん Marcさん、大会主催者、ボランティアの皆さん、そして私をトレランの世界へ導いてくれて、初めてご一緒できた 鏑木選手に 心から感謝申し上げます。
そして応援メッセージのフラスクを作ってくれた娘と息子、お母さんに何よりも感謝しています。ありがとう。あれが無ければゴールできなかった。

まだまだ、私の挑戦は始まったばかり。もっともっと上を目指して頑張りたいと思います。

超長文 読んでくださった方、ありがとうございます! お疲れ様でした。笑

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